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2004/04/30

懐かしの縁日大図鑑

 先日の東京ブックフェアで買ってきた河出書房新社のらんぷの本シリーズの「懐かしの縁日大図鑑」をパラパラと拾い読みをしていた。そこには子供の頃の縁日の世界が広がっていた。綿あめ、金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的、ハッカパイプなど懐かしい商品などが並んでいる。
 私が小学生の頃育ったところは、地方都市の中規模の神社の参道の隣に平行した路地の家に住んでいた。だから、夏祭りになると参道に一杯の露店が並んで、お祭りの間中お小遣いを握りしめて参道をなん往復もしたものだ。
 「バナナ焼き」という中にバナナのエッセンスの入った白餡が入ったバナナの形をしたカステラ饅頭が好き、何度も買いにいったものだから、香具師のおじさんに顔を覚えられてしまった。ある時、花火大会に家族と出かけたところ、沢山の露店がでていてその中に件のバナナ焼きの店もあった。おじさんから声をかけてくれて、バナナ焼きをくれたのを覚えている。一緒にいった親が驚いていた。
 金魚すくいはそこそこだけれど、ヨーヨー釣りは非常に上手かった。ヨーヨーを大量に釣ったものだから「坊やもうこないでくれ」といわれたことがある。子供が小さい頃、地域の自治会の夏祭りでヨーヨー釣りがあったので、昔とった杵柄で挑戦したところ十数個とって、回りの人が驚いていたので、ついガキ大将のように腕で鼻の下を擦ってしまった。
 よる遅くまで賑やかなお祭りが終わった次の日の朝早く、表に出てみると、わずかなゴミを残して露店は跡形もなくなっていていつもの参道になっているがとても悲しかった。また来年まで待つのかと思いながら、あの雑踏とアセチレンランプの匂いを探して参道を歩いたものだ。
 今もお祭りで露店がでるが、昔のような不思議な怪しさがなくなって、普通のお店のような感じがするのは、大人になってしまったからなのだろうか。フーテンの寅のような香具師もいなくなってしまったのだろうか。

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2004/04/29

運のつき

 ようやく養老孟司さんの「運のつき」(マガジンハウス)を読み終わった。冒頭死に付いての話で非常に面白かった。養老大人の生死感が私と似ているので吃驚した。
 私はどうも葬式を儀式としてしか考えていなくて、死は生命が物質になるだけだと思っているので、養老大人の考えに似ているのではないだろうか。
 学園紛争の時代の話があるが、養老大人と私はちょうど年が一回り違うので、当時は若手助教授と学部学生の間の関係だったようだ。当時はノンポリの体育会系の学生で紛争から一歩離れていたので、何も考えていなかった。養老大人には深い傷を残しているようだ。あの紛争は、急速に高度成長する社会と日本の大学のあり方のバランスがとれなくなってしまったことの一つの原因があるのだろう。
 それにしても、これまでの養老大人の著作とひと味違う内容だったが、養老大人の科学や人生に対する態度は共感できるものが多く、自分の生き方もおかしくないと安心した。
 

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福田君、君もか

 国民年金の未払いの国会議員は、想像以上に多くなってきた。とうとう福田官房長官を含む四閣僚の未払いが昨日明らかになっている。福田長官は石波防衛庁長官の未払いの時に「プライバシーの問題」などといっていたが、自分の未払いの問題を知っていたのではないかと勘ぐってしまう。
 福田長官は、江角マキコの年金CM問題の時には、厳しいことをいっていたのに、自分の時には「思い違い」、「勘違いで」説明が済むと思っているのだろうか。「プライバシー」というのなら江角マキコのプライバシーを公にした社会保険庁の幹部の責任はどうなるのだろう。
 政府の関係者は「菅民主党代表も勘違いするくらい年金制度は分かりにくい」ということもいっているようだが、そのような制度であれば、もう少し国民に説明すべきだろう。説明責任も果たさず、制度改悪はないだろう。将来のことを予測できない若者達は「どうせもらえないのだから払わない」と考えることを否定できない気がする。
 

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2004/04/28

忘れ物

 このところ物をよく無くすようになってしまった。物忘れはどうしよもないところまで来ているので諦めているのだが、物を無くすというのはあまりよい状況ではない。
 今日は鍵束を無くした。実は持って出たのかも忘れているのだから、どこに行ったのかわかるわけもない。車の鍵、家の鍵、ミニナイフがついていてここ十年くらい使っているキーフォールダーだったのに、心当たりを探したが全く行方しれずである。
 夜に雑誌を買いにでて帰ってきて鍵がないことに気がついたが後の祭り、呼び鈴を鳴らすが誰もでてこない。携帯で二階の娘を呼んでドアを開けてもらった。
 脳細胞がボロ、ボロと崩れ落ちているのだろうか。まだ気分は若いつもりだったが、加齢による劣化は避けられなくなっているのだろう。身体を鍛えていないし、ボーとした生活をしているので、坂を転げ落ちるように劣化が進むのだろうか。
 明日からゴールデンウイークの連休に入るので、さらに力が抜けた生活になるのだろうか。それだけは避けるように動くことにしよう。

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中島みゆきの年は・・

 今日、新年度の職場の遅い顔合わせで飲み会があって、一次会で軽く飲んだ後、二次会に出かけた。連れて行かれたスナックは昔よく行ったところだった。代替わりしていて、スタッフは誰も知らなかった。
 滅多に酒を飲まなくなったので行かなくなっただけで、店に入ってくる客は知っている顔ばかりで、浦島状態だった。もちろんカラオケで盛り上がった。今日は声が出ていたので、調子がよく完全に自己満足の世界に入る。声を出すと酔いがさめるようで、飲み過ぎても後が楽でこれもいい。
 中島みゆきの歌を聞いていた時に、ふと彼女は私と同じ年ではなかったかと思い出した。確か大学卒業が同じのはず。仲間に話したが「ウッソ〜もっと若いだろう」という反応だった。頑張っても確実な証拠があるわけでもなく、その場は納まった。
 自宅に戻って検索をかけてみたところ、年は2学年下だけれど、卒業は同じだった。ということは中島みゆきは52歳の辰年だった。明日、皆に話さなければ・・・・・・。

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2004/04/26

テレイド・スコープ

 ちょっとマイブームになっているのが、万華鏡だ。バレンタインデーに連れ合いがチョコの代りに万華鏡をプレゼントしてくれた。ずっと欲しいと思っていたが、なかなか気に入ったものがなかったので、うれしかった。
 貰った万華鏡は、子供の頃に作ったことのあるビーズを入れて鏡を三枚入れた筒を回す簡単なものではない。鏡の筒の前に付けたオイルの入ったチューブの中を色の着いた砂とスパングルが落ちてくる様子を見るもので、鏡の角度が40度になっているので非常に複雑な模様が見える。
 同じ模様はほとんど現われることがなく、いつも違ったパターンが見える。毎日見ては楽しんでいる。何故か気分が落ち着くのが不思議だ。
 調べてみると万華鏡は奥の深い道具のようだ。万華鏡の専門店もあって、工芸品のようなものから子供のおもちゃまで多様な製品がある。静かなブームのようだ。
 先日、高速バスを降りて上野駅の中を歩いていたら、「アメリカンファーマシー」があったので、変わった文房具でもあるかなと思いのぞいてみたが、ドラゴンフライなど小さな万華鏡が何種類かあった。その中にガラス玉を使った「テレイド・スコープ」があった。これもなかなか面白いパターンが見えるので1個買ってきた。
 「テレイド・スコープ」は、ガラス玉を通して縮小した目の前の景色が筒の中の鏡で連なった模様になる。普通の万華鏡のカレーダスコープと違って、構造的に同じパターンを再現することができるのがいいところだ。
 「テレイド・スコープ」も癖になる。だんだん作ってみたくなってきた。

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2004/04/25

足元を見ると

 茨城県北部に霜注意報がでていた。最低気温が3度の時には霜が降る可能性があるので、霜注意報がでたのだろう。朝の散歩の時はトレーナーを着て中綿のブルゾンを着てちょうど良い感じだった。夏の暑さになったと思ったら、北関東は雪が降るというのは、ちょっとエキセントリックではないだろうか。昭和63年も4月中旬に東京で雪が降ったことがあったから、自然は何が起っても不思議ではないが、つい文句も言いたくなる。
 午前中は、久し振りにバードウォッチングにでかけた。春の渡りが始まっているので、シギとチドリの仲間を探しに桜川村の蓮田と水田に出かけた。桜川村では利根川沿岸と違ってまだ代掻きが始まったばかりで、例年通り連休に田植えになるのだろう。
 お目当てのオオキアシシギは見つからず、ムナグロ、キョウジョシギなどを見ながら移動していたら、水田の畦近くでオオハシシギを見つけた。もう夏羽になっていて赤くなっていた。オオハシシギの群れの中に、冬羽のヒバリシギが1羽混じっていた。観察していたら、人がどんどん集まってきてしまった。
 風が冷たかったが、昼ことになってだんだんと暖かくなってきた。新しい鳥も現れないので帰ることにする。25種類の鳥を見たことになるが、適当に見たのでそれなりだろう。
 昼食に一緒に行った友人のお薦めの北海道ラーメンの店に入った。。札幌の有名な製麺所の麺を使っているらしい。「和風醤油ラーメン」というのを食べたが、魚系のスッキリしたスープで、塩加減もよく、麺とも良くなじんでいた。後悔しないレベルだったが、700円というのはどうかなと思った。
 午後は妻と娘の自転車の鍵の交換に取りかかった。どうして鍵をなくすのだろう。いつもの事で、鍵は買い置きしてあるので、チャッチャと終わらせる。滅多に乗らない自分の自転車の前輪がパンクしているようなので調べたら、虫がダメになっていた。これも交換して終了。
 作業を見ていた犬が、しきりに散歩に行こうと吠えるので、早めの散歩にした。道端の雑草が勢いよくなっていた。植え込みのツツジも赤や白の花を咲かせている。雑木林も大きく若葉を広げている。地面を見ると、去年の秋に落ちたドングリの中で幸運なものが芽を出して自己主張していた。地面に落ちたドングリは、鳥や虫の餌になったり、カビなどのえじきになったりと、大部分がダメになるので木になるのは幸運でしかないようだ。
 土日はいつもより長いコースを歩くので、犬も嬉しそうだ。

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2004/04/24

同行二人

 東京国立博物館で開催中の「空海と高野山」を観覧にでかけた。思った通り、会場の平成館の入り口の回転扉は閉鎖されていた。そのため、小さな自動扉しかないので、メインの出入り口は、本館となっていた。本館の展示室を通って渡り廊下で平成館に行く形になっていた。
 会場は平均年齢が高く、耳が遠いのか「音声ガイド」の音を大きくしている人がいて、そんな人が隣にくると結構うるさかった。はっきり聞こえない音は、非常に不快なものだ。
 弘法大師入唐1200年を記念した特別展示ということで、質量共に素晴らしい内容だった。国宝、重文が満載で一度にこれだけのものを見ることができる機会はなかなかないだろう。後醍醐天皇の手形まであった。
 宗教と権力のコラボレーションの成果としての仏教芸術のパワーに押されてしまった。高野山はタイムカプセルとして大きな意味を持っているのだろう。
 早めに廻ったつもりだったが、たっぷり2時間以上かかかった。会場の出口のところにある売店は大にぎわいで、弘法大師も真言のゴムスタンプが売られるようになるとは思いも寄らなかったのではないだろうか。
 去年から、日蓮、親鸞と仏教関連の特別展が続いていて、それぞれの宗派の特長があって非常におもしろい。
 いつも思うのだが、展示されている仏像などは、寺院にある時には信仰の対象として手を合わせ礼拝されるのだけれど、展覧会の会場に置かれたとたんに芸術品として単なる鑑賞の対象でしかなくなるというのは不思議だ。これまで多くの展覧会を見てきたが、仏像等に手を合わせているのをみたのは昨年2月の大日蓮展の時くらいではなかっただろか。

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2004/04/23

東京国際ブックフェア

 午前中に東京ビックサイトで開催中の「東京国際ブックフェア」と「ディスクトップ・パブリッシング・フェア」を見に行った。ここ数年は毎回行っているが、だんだん出展が少なくなっているようだ。アジア最大の本の見本市というには寂しい感じがした。
 自然科学系の出版社が少なく見るべきものは少なかった。ブックフェアでは新刊が20%以上の割り引きで販売しているのも魅力だが、欲しいものはなかった。洋書のバーゲンもあって、欲しい辞書が極端に安くなっていたが、腰痛で重いものが持てないのであきらめた。
 気になったのは、オンディマンド出版で、電子印刷が簡単にできるようになって、比較的安いコストで少部数の出版ができるようになってきたようだ。PDFでのオンライン書籍販売、携帯電話向けの電子出版なども広がっている。それにしても物凄い種類の書籍が出版されているけれど、読む人は増えているのだろうか。
 昨年の「ディスクトップ・パブリッシング・フェア」では、XTMLと電子ブックの展示に力が入っていたが、今年はそれらは目新しい技術ではなくなってしまったようだ。ソニーが「e-book」端末を参考出展していたが、コンテンツさえあればすぐにでも実用化できそうな感じだった。理想科学工業の高速インクジェットプリンターは1分間にA4で105枚という高速印刷の実演をしていたが、チラシや講演会のテキスト等の印刷によいと思った。
 

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2004/04/22

出版社の広報誌

 私は出版社の広報誌を読むのが好きで、毎月送られてくるのを楽しみにしている。もちろん宣伝もあるが、小説、エッセイ、対談など実に多彩な内容がコンパクトに詰っている。
 新刊案内もあるが、著者の解説では執筆の背景が判るのもうれしい。著者は実力派の作家、評論家、科学者が多いのもお得なのだ。連載の小説やエッセイは単行本になることもあって、皆よりも話題を先取りできるという楽しみもある。実際ベストセラーになったものもある。
 そういえば昔、岩波の「図書」に連載されていてた梅棹忠夫先生の「知的生産の技術」は、岩波新書となり当時のサラリーマン、学生が競って買いベストセラーになり、現在でも売られている。当時、知的生産に関する書籍が次々と出版される大ブームを巻き起こし、B6サイズのカードが大量に売れた。
 年間送料込みで900円から2000円で得られる情報としては、とってもコストパフォーマンスが高い。中吊り広告で内容が分かってしまう週刊誌にお金を出すのは、どぶに金を捨てる気がする。
 現在、購読しているのは次の4誌で、これくらいがちょうど良い量になる。
  講談社 In Pocket
  集英社 青春と読書
  新潮社 波
  小学館 本の窓
 

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努力とは敗者の免罪符だ

 集英社の広報誌「青春と読書」に連載中の花村萬月さんの「父の文章教室」が5月号で最終回を迎えた。生い立ちから始まった花村萬月さんが小説を書くに至った経緯が赤裸々に語られているのが、新鮮だった。
 結論として、小説家は努力してなれるものではないことをはっきりと言い切っている。英才教育で小説家はできるものではないことは、間違いの無いことだろう。もちろん、だれでも文章は書ける、でも人の心を動かす文章を書くことは難しいと思う。
 現代の賢人養老先生も人の能力は遺伝的に決まっていると書かれているし、実際のところ大人はそのことを理解しているところだろう。
 訓練すればある程度のレベルまでは到達することができるけれど、それ以上になることはないだろう。抜きん出るのは天賦の才能が開花しただけだろう。誰でもが美空ひばりやピカソになれるわけもない。それでも、自己満足で楽しむくらいにはなれるだろう。
 教育についても同じことが言えると思うが、これはまた考えてみたい。

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千の風になって

 毎朝、車の中で聞くラジオは大体TBSで、「 森本毅郎・スタンバイ!」から「大沢悠里のゆうゆうワイド」という流れだ。
 昨日は、用事があって午前中休んだので、いつもは頭の数分しか聞けない「大沢悠里のゆうゆうワイド」をゆっくり聞くことができた。
 その中でゲストの新井満さんの「千の風になって」という歌を歌っていた。歌を聞いているうちに自然に涙がでてきてしまった。最近はどうも涙腺が壊れているようで、映画を見ても、テレビを見ても涙がでてくるが、この歌は心の中が透明になる感じでしみ込んできた。
 私は両親を三十代で亡くし、一昨年弟も亡くなってしまったので、死んでしまった人の心を歌ったこの歌の気持ちが痛いほど判る。軽いボケになっているので、記憶はないが、一度どこかで聞いたことがあるようでラジオと一緒に自然に歌うことができた。
 私の葬式には妻と子供達にこの歌を歌ってもらいたいと思った。
 今日はちょっと忙しかったので、CDショップに行けなかった。明日は、東京で会議なので帰りにCDを買ってこようと思う。

 「千の風になって」の歌詞

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2004/04/20

いつから夏になったの?

今日は朝から気温が上がって日中は28度以上になった。まだ湿度が低かったので暑苦しい感じはなかったのが、救いだった。4月のこの時期の平年値よりは10度近く高いのではないだろうか。Tシャツで仕事というわけもいかず、こまったものだ。

霞ヶ浦にオオヨシキリがもう渡ってきたようで、ツバメも心なしか例年よりも早いようだ。桜も早かったし、今年は天候不順かもしれない。

このところ春先の気温が高めなので、茨城県の利根川沿岸の町では、五月の連休が普通だったのが、田植えが年々早くなってきている。去年は4月13日で早すぎると思っていたが今年は4月3日に始まったようだが、10年前に比べると一ヶ月近く早くなっている。

九州の早場米地帯は、8月の月遅れのお盆に向けて新米を出荷して高い相場をねらっているが、茨城、千葉の米の方が品質がいいので、利根川沿岸の農家は一日でも早く米を作ろうとしている。欲望は限りない。


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2004/04/19

判らんものは判らん

今日は一日会議。午前中は何も整理されていない議題の会議で、忙しいメンバーを2時間も拘束するというのはいいかげんにして欲しい。

4月1日付けで来た司会がこれまた仕切のできないお方で、取り巻きはちゃんとレクしておけよと思ったのは私だけではないだろう。

それにしてもノーアイデアで会議をするという根性はほめておきたい。嫌みをいったが判らなかったようだ。

午後は、内容が難しすぎてチンプンカンプン。昼食の後だったので、子守唄を聞いているようで気持ちよくなって、数分間意識が途絶えたようだ。回りは大体分かっているような雰囲気なので、こちらも判ったような顔をしていた。でも、判らんものは判らん。

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2004/04/18

ななへやへ

昨日散歩道で終わりかけの山吹の花を見て、落語の「道灌」を思い出して一人で喜んでいた。ところが今日読売新聞のくらし面の南伸坊さんの「よむサラダ コドモの頃」を読んで嬉しくなってしまった。

その中に山吹の思いでとラジオで覚えた「道灌」の中に出てくる歌のことが書いてあって、やはり同じ思いのひとがいることが嬉しかった。南さんは私よりもちょっと年上だけれど、数歳の差で世代を共有しているので好きな画家でエッセイストだ。色々なことを感じるツボが非常に似ているみたいだ。

子供の頃はラジオで落語をよく放送していて、随分沢山の話を聞いたものだった。私が特別ということではなく、娯楽の少なかった同世代のひとは同じではないかと思う。

落語も覚えたが、文字ではなく耳で聞いて覚えたので、大きくなって落語の本を読んで苦笑することが多かった。志ん生、金馬、柳橋、圓生、小さんなど沢山の名人上手の勢いのいいときの話を聞けたことはラジオのおかげかもしれない。

ラジオは現在のテレビ以上に真面目にというか集中して聞いていたと思う。落語だけでなく、歌謡曲、浪曲、講談など世代を越えて共通するものがあった。例えば、歌などは世代を越えて歌われていたので、今でも親父から老人の世代が集まると共通の歌が沢山ある。最近の歌は世代の断絶があって、皆で歌えるものはないだろう。

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2004/04/17

白いタンポポ

今日は四月なのに静岡で真夏日を記録するほどの暖かな日だった。この辺でも27度くらいになったと思う。四月は月の始めに雪が降り、半月も経たずに夏日というのは不思議だ。

散歩のコースを変えてスミレの花見としゃれてみた。毎年同じコースを歩いているが、今年は種類、数ともに少ないようだ。それとも遅すぎたのだろうか。

そういえばタンポポも少なめだ。この辺りだとセイヨウタンポポに混じってカントウタンポポが見ることができる。さらに、散歩コースには一カ所だけシロバナタンポポが咲いているところがある。シロバナタンポポは関東ではそれほどポピュラーではないので、知らない人も多いだろう。

最近は腰の調子が悪いので散歩も短かめのコースにしていたので、住宅地の回りは植物の種類が少なく、見落としが多くなったようだ。季節も良くなったし、腰の調子も良くなってきているので、長いコースを廻る回数を増やしてみようと思った。

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2004/04/16

ビッグイッシュー

滅多に東京に出ないのだけれど、出た時にはビッグイッシューを買うことにしている。ビッグイッシューはホームレスの自立支援のために作られた雑誌で、ホームレスが仕入れて売っている。

ホームレスは乞食ではないので、最初は寄付のつもりだったけれど、雑誌としても良い内容のものが必ずひとつはあるので、寄付ではなく買うことになった。

32ページで200円が高いか、安いかは自分で判断すればいいことだ。今回で7号で、鬱病の記事が非常に参考になった。カモフラージュTシャツの記事も面白い、多分日本でも流行るかも知れない。

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東京メトロちょっと待て

三月中旬以来一月振りに東京に出張ということで、高速バスで上京した。田舎育ちのきたきつねには「上京」というのは、距離に関係無く嬉しい感じがする。

そんなことはどうでもいいのだけれど、帰りに東京駅に向かうために営団地下鉄が東京メトロになって始めて「丸の内線」に乗った。券売機が変わっていたり、切符に東京メトロと印刷されているなど、オッ変わったなということで改札を通って車内に入った。

いつもの通り、椅子に座って本を読んでいたが、駅に着いたので、ふと窓から外を見ると、駅名の下に丸囲みの中に「M○○」と英文字と数字が書かれていた。何だろうと考えているうちに、次の駅に着いたので丸囲みを探すと、数字が一つ減っていた。

ふと気がついて、ドアの上の駅名表示板を見ると、そこには全ての駅名のところにMから始まる数字があった。荻窪がM1で池袋がM25となっていた。なるほど、丸の内線だからMか。漢字が読めない外国人には非常に親切な表示ではないか。

こんな簡単なことをどうして営団地下鉄のときにやらなかったのだろう。民営になったから、お客さまの便利を考えてというのであれば、どこか変だ。だって、営団地下鉄の職員は東京メトロになった時に全部入れ代わったわけではないだろう。同じ人間が特殊法人の時には知らん振りしておいてというのはどうなんだろう。

やはり民営化すべきだったのだろう。終戦後の混乱期を乗り越えるために作られた沢山の臨時のシステムをこれまで引きずってきたのだから、もっと大胆な改革が必要なのだろう。

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早起きはラッキー!

今朝も娘を駅まで送ることになって、6時半頃表に出ると、モズの声が聞こえた。向の家の庭木の枝にモズが二羽止まっているのが見えた。

一羽が体を震わせてもう一羽に餌をねだっていた。そういえばそろそろモズの巣立ちの時期だった。餌をねだっていたのは巣立ち雛のようだ。親鳥が餌を食べさせて、鳴きながら別の木に飛び移って、雛を呼んでいた。

どうして雛への給餌かというと、餌を渡したのがモズのメスだったからだ。もちろんオスも給餌するのだけれど、「求愛給餌」といってオスがメスに餌を渡すことがあるので、今回ははっきりと雛への給餌に間違いないということだ。

鳥を見ることは比較的簡単だけれど、鳥の暮らしの一齣を見ることができるのは、偶然でしかない。諺通り「早起きは三文の得」ということになった。

関東等の平地ではモズは普通の鳥と違って、まだ寒い二月くらいから繁殖を始める。二月の中旬にモズの交尾を観察したことがある。四月下旬くらいまでに一度目の子育てを終え、一旦どこかにいってしまう。資料によると山地に移動してニ度目の繁殖をするといわれている。

ニ度目の子育てを終えて八月末頃から平地に戻ってきて、鳴き始める。これが「モズの高鳴き」といって、秋の訪れを告げる風物誌となっている。

今日は朝から縁起がよかった。

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2004/04/15

お帰りなさい

今朝、娘を駅に送った帰り道を横切る電線にツバメが一羽止まった。「お帰り」と声をかけた。今年始めてのツバメを確認したことになる。

小さな身体で東南アジアの越冬地から戻ってくるのだから、相当疲れているのではないだろうか。これから泥を集めて巣を作って子育ての準備をしなければならない。

去年、日本で足輪を付けられたショウドウツバメが始めてベトナムで確認されたというニュースがあったが、今朝会ったツバメはどこで越冬したのだろうか。

昔、インドネシアにいった時にはジャワ島の各地で色々な種類のツバメやアマツバメ類が飛んでいるのを見たが、普通のツバメは見なかった。一度越冬するところに行ってみたいものだ。

去年、フランス映画の『WATARIDORI』を見たが、鳥は自分の行きたいところに飛んで行けるのはうらやましい。

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2004/04/14

警察官と教師の犯罪

ずっと気になっていたんだが、ここ数年警察官と教師の犯す犯罪のニュースが多いような気がする。

二つの仮説が考えられる。ひとつは、警察官と教師が起こす犯罪は増えていないが、情報公開の流れを受けて報道されることが多くなってきたということ。もう一つは、警察官と教師の犯罪が実数として増加しているということだ。

どちらが真実だろうか。だだ、犯罪の内容の程度が低いのをみると、犯罪そのものが増えているのではないだろうか。

犯罪の内容に低級・高級、低水準・高水準という区別をするのは向かないかもしれないが、思い付き、衝動的、前後を考えないといった形容があてはまるような内容のものが多い。

警察官と教師といえば高いモラルが要求され、社会的にも信頼されている職業だから、軽犯罪でも厳しい処罰を受けることが分かっているにもかかわらずに万引き、窃盗、詐欺といった事件を起こしている。

懲戒免職になれば、退職金と年金の多くの部分を失うことになる。五十代後半になれば老後の生活の保障がなくなるし、年代に関係無く家族にも影響がでる。

そのようなことが犯罪の抑止に役に立たたないというのは、何か別の要因があるような気がする。でもそれが判らない。何が原因なのだろうか。

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2004/04/13

何だろう寒い

昨日の暖かさはどこにいったのか、今日の寒さといったらない。コートが欲しいくらいだ。昨日から鳴き始めたクビキリギスもぴたっと鳴かなくなった。ちょっと暖かさを体験すると身体が甘えるのだろう。

朝から一日何も生まれないような定例の会議、気合いが入らないと眠くなることしきりで、辛い一日となった。

会議の後、自席に戻ってメールをかたずけ、さっさと帰宅。新聞を見るとまた59歳のバカな警部補の話が出ていた。被害者の女性にキスをしたと訴えられ懲戒処分を受け依願免職という形で仕事を失ってしまった。

記事の内容からだけだと、何で被害者の女性が1時間半も警部補と同じ車の中にいたのかという疑問がわくが、訴えられたという事実は避けることができない。わからん。

それにしても毎日のように殺人、訳の判らんオヤジの事件が起るというのは、日本の社会が病んでいる証拠なのか。

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2004/04/12

植草君やめてくれよ

何とも気分の悪いニュースが新聞にでていた。経済評論家の植草一秀早稲田大教授がハレンチ罪で現行犯逮捕された。

女子高生のスカートの中を鏡でのぞこうとしたというのだからどうしようもない。43歳の大学教授がすることだとは到底考えられない。

警察や検察で証人として調書を取られるときに、学歴や職業などを調書の冒頭に書くことになる。これは、この証人が信頼できるものかどうかという前提になるのだけれど、東京大学卒業で元京大助教授、現役の早稲田大学教授、テレビに有識者として出演しているなどと書けばもう信頼性十分、人品骨柄保証ということになる。

今回のようなハレンチな犯罪をそんな人物が起こすはずがないというのが、社会一般の常識だろう。

正常な人は、色々な欲情を持ったとしても、理性でコントロールして、白日夢で終わらせるのが普通だろう。植草容疑者は自分の人生を総べて賭けてスカートの中をのぞくという行為をしたわけで、それだけの価値があると判断したのだろうか。不思議でならない。

このところ警察、教師などの犯罪が目立つが、本来あってはならないことが起るのは、何かが起る前兆なのだろうか。気味が悪い。

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クビキリギス鳴く

暖かな一日で、関東地方は25度以上の夏日を記録したところが多かったようだ。そんな暖かさに誘われたのだろうか、林の中でクビキリギスが鳴き始めた。

クビキリギスは成虫のまま冬を越し、4月初旬から鳴き始めるということで、毎晩散歩しているのに「ジー」という鳴き声に気がつかなかっただけかもしれない。

朝の散歩でスミレが歩道の鋪装の切れ目で咲いていたり、目では季節の変化を感じていたが、虫の声も春の訪れの印しなのだ。

注意して聞いてみると、公園の随分広い範囲でクビキリギスの声を確認できた。やはり、今日の暖かさで急に鳴き始めたのだろう。

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2004/04/11

胃の激痛!

午前5時頃腹痛で目が覚めた。みぞおち辺りが痛い。起きて水を飲んで寝たが、どんどん痛みが強くなり、脂汗が出てきた。

痛みで身体を折り曲がってしまう。吐き気はないし、左胸の痛みでもない、比較的冷静に心筋梗塞、胆のう結石の可能性は低いと思っていた。

急性胃炎か胃潰瘍のようだ。そうこうする内に痛みが納まってきた、1時間くらいだったが、数年前にも一度夕方になったことがある。その時は救急病院の待ち合い室で1時間くらい待たされている間に納まった。

ストレスはないと思うし、変なものといえば娘の作った本格カレーくらいだから原因不明だ。朝、昼、晩と三食食べることができたし、胃は痛いものの気になる程度だ。

明日は病院に行ってこよう。

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2004/04/10

交通事故に出会った

昨日の深夜、偶然二件の交通事故現場に遭遇してしまった。

最初は午後11時半頃、国道を走っていたところ突然前の車が止まり、全く動かなくなってしまった。時間帯的には交通量が少ないはずだったので、交通事故だろうと思っていたら、後方からサイレンが聞こえてきた。

パトカーが前方に走っていったと思ったら直ぐに止まって、車列が動きだした。大きなトラックを迂回して進むと、トラックの前に老人が倒れていて、さらに前方にボリ袋に入った荷物が散乱していた。現場を横目に見て自宅方面に向かった。

いつものコースを進むと今度は前方で人が赤灯で車を左右に誘導していた。消防車が道を塞いでその前に乗用車が斜になって、救急車と担荷が見えた。狭い田舎道を迂回して戻ったが、30分あまりの間に二件も交通事故現場を見るのは始めてだった。

新聞を見ると、前の事故はひき逃げのようで老人は重傷、後で見た事故は乗用車がトラックに追突した事故で、乗用車の運転者が死亡したということだ。

自動車は便利な機械だが、乗用車でも1トンくらいの重量と時速数十キロの速度で走るわけで、衝突したときの衝撃は軟弱な人にとっては耐えられるはずもない。自分が事故に会わないように注意したいものだ。

【その後】
5月20日の新聞に、事故のその後の話がでていた。この二つの事故はつながっていたのだ。最初の倒れていた老人は、ひき逃げされたということで、犯人は二つ目の事故で死亡した運転手ということだった。

死亡した運転手は東京の警視庁の警察官で五時に勤務を終えた後、居酒屋で十時位まで飲んで、常磐線で自宅もより駅まで戻り、酔ったまま駅そばの駐車場から自分の車に乗り帰る途中に老人をはね重傷を負わせたまま逃げ、その途中トレーラーに追突して死亡したということだ。

警察官の降りた駅から自宅までは20km位あるので、つい酔ったまま車を運転したのだろうが、飲酒運転を取り締まる立場の人間が飲酒運転をした上で、人身事故を起こし、けが人をそのままにして逃げるというのはとんでもないことだ。警視庁は茨城県警に比べ、モラールが高いと思っていたが、違ったようだ。

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2004/04/09

心配が本当に

イラクで日本人が三人も反米勢力(?)の人質となってしまった。現地には自衛隊と報道関係者だけでなく、NPOなどの一般の日本人が多数は入り込んでいる。

今回の自衛隊の派兵(遣?)ブッシュに○玉を握られた小泉と世間に認知されたい継子の自衛隊の思惑が一致したところに、タイミングよく軍事通を自認するミリタリーマニアが時の氏神になったということで、派兵に義はなかった。

自衛隊の装備は完全に戦闘モードで人道支援のスタイルではない。こんなことをくり返すことで、自衛隊を軍隊として国民に認知させていこうというのだろうか。

人質の三人の方には気の毒だけれど、現状では国の威信をかけて自衛隊の撤退の選択肢はないだろう。民間人の命が失われるのは軍事行動ではあり得ることだというのが軍隊の論理だろう。

日本国内でテロが心配されていたが、アルカイダのメンバーが来ても目立って動きづらいはずだ。それよりはイラクで日本の民間人にテロを仕掛けた方が効果的なのは誰が考えても思い付くことだ。日本の世論が自衛隊撤退を強く望むようになるまで、民間人の犠牲を強いることになるだろう。

これから辛い日がつづくのだろうか。

【追記1】4月11日になって、人質解放のニュースが流れた。ホッ
【追記2】4月12日になっても解放が確認されていない。

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2004/04/08

回転扉は好きじゃない

とうとう国交省が回転扉の安全基準を定める方向に動きだした。規制緩和の時代に規制を強化することに成功した森ビルはすごい!

私はどうも気が小さいので、自動式の回転扉は嫌いだ。まず上手く入ることができるかどうかが不安になって、上手く入れたとしても今度は出ることができるか考えてしまう。だから、回転扉の横に普通の扉があるときには、そちらに行く。

東京国立博物館には時々いくのだけれど、平成館ができてから特別展がそちらで開催されるようになった。ところがこれが鬼門になってしまった。平成館の入り口は自動式の回転扉なのだ。実際は、間口も広く、非常にゆっくり廻っているので、入る時に失敗するはずもないのだけれど、巨大なガラス扉がクルクルと廻っているのは気分の良いものではない。特に、雨の日は床が滑りやすく、タイミングを外したらと考えると気分が暗くなる。

もう一つ厭なのは、上野動物園の不忍池の出口の回転扉だ。これは自動ではなく手動なのだけれど、外からひとが入って来れないように回転が一方向となっている。自分の力で回すのでコントロールできるはずなのだけれど、出口から上手く出ることができずにそのまま廻ってしまって、鉄棒の間に挟まれるのではいかと不安になるのだ。

軽い不安神経症なのかもしれない。

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2004/04/07

子殺し

37歳の母親が、塾に行かないといって小学二年生の息子の首を絞めて殺した事件があった。登校拒否気味のうちの高二の娘は、「塾に行かなくて殺されるなら、私は百回くらい死んでいなければいけないね」といっている。

殺してしまっては塾どころではないだろう。大人それも母親が、子供に対して「カッときて」とか「切れた」といった自分をコントロールできないものだろうか。それよりも、塾ぐらい行かなくてもいいくらい思えないのだろうか。

小学生の低学年から塾にいって勉強ができる大人に育ったとしても、社会に出た時に親の期待に添えるような職につけるかといえば、企業も役所の採用担当者もそれほど甘くない。「ミスマッチ」といわれる現在の就職事情の背景が見えるような気がする。

それにしても、新聞を見ていると、毎日のように殺人事件や、幼児、児童の虐待のニュースが出ている。「社会が病んでいる」といってしまえばそれまでだが、どこかひとの心の中に塞ぐことのできない穴があいてしまっているのだろう。

「唯脳論」の養老先生は気がついておられるのだろう。

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2004/04/06

寒い

先週の土曜日の夕方から寒くなってきて、日曜日は霙が降るくらいの寒さになった。筑波山の頂上には雪が積もったようだ。昨日今日と日が照って日中は暖かいけれど、やはり夕方になると急に寒い感じになる。こんな年は冷夏になって冷害にならなければと心配になってくる。

そういえば昭和63年は4月に入ってから雪が降ったことを覚えている。あの年も冷夏で平成5年ほどではないけれど、東北は冷害だったと思う。もし今年も冷害だと大変だ。

茨城県の利根川沿岸の東町、新利根町、河内町などのエリアは早場米地帯で、田植えの時期が茨城県内では一番で、今年は4月3日に田植えが始まったようだ。十年くらい前は5月の連休に田植えのピークがあったが、5年ほど前から4月中旬から始まって連休前に終わるパターンとなってきていた。

それが今年は4月初旬になってしまった。確かに、8月中旬に茨城産の新米が出ると九州の早場米地帯の米よりも高値で取り引きされることから、ハイリスク・ハイリターンの一発勝負にでたということのようだ。去年は冷害だったから今年は冷害にはならないだろうということで、隣がやれば俺もやるという勢いなのだろう。

作物の栽培に適した時期というものがあって、研究によったり、長い時間の経験で決められてきた。「山の雪が白馬の形になった時には豆の種を播く」といった言い伝えもあり、これは気温の積算値がある種を播く条件をみたしたという指標となっている。

今年の夏が冷夏にならないことを祈ることにしよう。

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2004/04/05

日本人の幼弱化

ずっと気になっていたのが、28歳くらいの女性の行動や話を見たり聞いたりしていると、二十歳(はたち)位にしか感じないことが多い。男性も同じような感じだ。

また、30歳過ぎても結婚しない風潮があるようだ。もちろん十代で結婚する人もいるにはいるが、稀だろう。

仕事帰りの車の中でぼーっとそんなことを考えて、ふと面白いことを考えてしまった。人以外の動物の年齢を考えてみると、犬の1歳は人の7歳に相当するといったように換算することがある。これと同じように考えると面白いのではないかということだ。

寿命で年齢を案分するという方法だ。ちょっと昔は人生わずか50年という時代が長かったが、現在は女性で80歳を越えてしまっている。昔の正確な平均寿命がわからないので、昔は50歳で現在は80歳と仮に考えて、年齢を案分すると現在の年齢を1.6で割ると昔の年齢になる。

正確には生殖可能となる年齢を除してから案分するのがいいのだろうけれど、あくまでも適当にということでいくことにする。

現在の日本の結婚年齢の平均値は約28歳くらいなので、計算すると昔で18歳となる。昔の二十歳はというと、今は32歳だ。今の二十歳は昔の13歳という結果になる。このようにして計算してみると、非常に面白い結果になる。なんとなく精神年齢と合っているような気がする。

今の40歳、50歳と60歳は、昔の25歳、31歳と38歳となる。なるほど、最近の熟年が元気なわけだ。
￿￿
￿今の30代が頼り無いのはこう考えてみると、弱冠二十歳くらいだから仕方がないか。最近、24、5歳の親が生後数カ月の子供を殺したけれど、昔の年齢で15歳くらいになるので、子供が子育てしているのだから・・・。

一人で納得している。

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2004/04/04

スズメの悪戯

急に寒くなってきた。夜には霙まじりの雨になった。折角の桜も冷たい雨にたたかれて散ってしまうのではないだろうか。

満開の桜の下を歩いていると、花びらではなく、花がぽとんと落ちていることがある。よく見てみると、花の根元がちぎれて落ちていることがわかる。

これはスズメが花の根元にある蜜を食べるために嘴で千切って落としているのだ。スズメの嘴は太く、メジロのように花の中の蜜を吸うことができないので、花の根元を食いちぎるという荒技をあみだしたのだろう。

試しに、桜の花の根元を吸ってみると舌に微かな甘さを感じることができる。ごくわずかの蜜を食べるための努力は大変だろう。落ちた花の切り口に蝿がとまって蜜の残りを吸っていた。

suzume.jpg

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2004/04/03

万華鏡

今日も午前中は万華鏡を見てストレス解消していた。子供の頃は、祖父がガラス板と着物の生地を巻いていた紙筒で作ってくれた簡単な万華鏡も魅力的だった。

万華鏡をクルクル回して中のビーズや色セロファンの作り出す不思議な色と形の変化は違う世界を覗いている気分だった。けれど、今お気に入りの万華鏡はちょっと違っている。

オイルと色の着いた細かな砂状のものや星形のラメが入っている透明なプラスチックの筒を鏡の入った筒の前に付け、プラスチックの筒の中を上から下へ砂やラメが落ちる時の色の変化を三角形に組み合わせた鏡で見るのだ。

非常に複雑な色とパターンの変化を見ていると、不思議な世界に迷い込んだ気分になる。筒を回すとさらに複雑な模様がでてくる。同じパターンがでることはないのではと思う。

今、万華鏡は静かなブームのようだ。文具店でもおいてあるが、万華鏡専門店があるようで、色々なオイルと色砂が入ったプラスチック筒も売っている。きたきつねの持っているのとは比較にならないほど高級なものが普通のようである。万華鏡作家もいるようで、数万円から数十万円のものがごく普通のようだ。

先日、100均のダイソーにいったところ、懐かしい万華鏡キットがあった。鏡はガラスではなくプラスチックで非常にシンプルなものだが、懐かしくて一個買ってきて作ってみた。これも素朴でいいものだ。

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2004/04/02

新入学はわくわく

四月といえばピカピカの一年生が誕生する新学期でもある。いくつになっても希望に胸をふくらませて学校に行ったことを思いだす。

小学校といえば思い出すことがある。きたきつねは、普通の子供でそれほど成績が悪いという訳ではなかったが、小学校でどうにもならないことがあった。それは「右」と「左」が判らないことだった。左右は、普通は小学校に入る前に分かっているはずなのに、どこかで引っ掛かったのかもしれない。

「右向け右」、「左向け左」などのある体育などは、回りの真似をするのだが、非常に苦痛だった。もっと悲しいのは、一人で右手をあげろとかいわれた時だった。「箸を持つ方」、「茶わんを持つ方」などといわれると、もう混乱してしまい、どうにもならなかった。

小学五年生まで左右が判らないままでいた。当たり前だと思うが、きたきつねの悩みは誰も理解してもらえなかった。小学五年生の時に道内の僻地校から来たU先生に担任が代わった。非常によい先生で、クラスの一人一人のことをよく見ていて、家庭の事情なども把握しながら指導してくれた。

そんな先生の様子は、子供でもはっきりと判ったので、ある日私の悩みを打ち明けにいった。先生は「そうか大変だったな」といってくた。大人が始めて私の悩みを理解してくれた。次の日学校に行って黒板の上を見ると、手の形に切った模造紙に「右」、「左」と書いて貼ってあった。先生はニコリと笑って私を見た。

それからは学校に行くのが楽しくなった。困った時は黒板の上を見るだけでいいので、気分よく勉強に集中することができた。そうするうちに、いつの間にか「左右問題」は解決していた。でも、大きくなってからも「フレミングの右手の法則」といった問題の時には逡巡することがあったが、気になるほどの事はなくなった。

U先生は、卒業するまで担任で、生徒一人一人の問題を解決してくれた。小中高の九年間で、心の中に残っているたった三人の先生の一人がU先生だ。同級生も同じ思いで、結束も固く、一時中断した時期はあったが、小学校のクラス会が続いていた。故郷を離れてしまったので今はどうなっているのだろう。

classroom.JPG

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2004/04/01

ホテル・ビーナス

映画の日ということで、妻と近くのシネマコンプレックスに草薙剛主演の「ホテル・ビーナス」を見にでかけた。

150席ほどの小劇場だったが、人がぱらぱらといった感じで良い席に座れた。それにしても、最近の映画館は座席が急傾斜に並んでていて、前の人が全く気にならない。キャラメルコーンとコカ・コーラの匂いがして、娘に言わせるとアメリカの映画館と同じだそうだ。

全編韓国語で日本語字幕という面白い設定になっていた。話は意外性もあってなかなか面白いのだが、どうもウソのつき方が徹底していないというか、こまかなところが手抜きされていて気になった。ウソをつくならば綺麗についてほしい。そこが映画らしさだと思うのだが、どうだろう。

ノースリーブにトレンチコートだったり、シャツに上着だけだったり、季節がいつなのか良く判らないのが不思議だった。ワイフと呼ばれる女の来ているコートがバーバリーというのもいけてる。それにしてもあのホテルは、部屋の位置関係が奇妙で、人の生活感が全くといっていいほど希薄な不思議な空間になっている。

最後に香取慎吾がでてきて全編の雰囲気を壊してくれた。星二つといったところか。

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人事異動の春

エプリールフールのこの日、うちの職場にも新人がやってきた。「採用はウソだピョーン」などといわれたらきっとひっくり返るだろう。それより定例の人事異動の人達も沢山いるので、冗談は通じないだろう。

順調な昇任人事でニコニコの人もいれば、同期との差が気になる人など、悲喜こもごもというのが挨拶に来る人も顔にでている。

きたきつねはもう年齢的に塩漬け状態なので、高みの見物というところだ。でも、今日は最後に近い定期昇級となって、数千円でも嬉しいので、気分が良かった。

午後から上司にいわれていたパンフレットの原稿を作り始めたが、アイデアがまとまらない。締め切りまでまだあるし、それなり終わるだろう。

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