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2004/05/09

縁起は担がないが

 今日は朝から久し振りに近くの公園とその周辺の水田を巡った。天気予報では午後から雨ということだったので安心していたけれど、途中ポツリポツリと雨が落ちてきた。
 公園は農業用の溜池を中心に造成されていて、池から流れ出す小さな川に沿って谷津田がある。霞ヶ浦周辺の典型的な風景かもしれない。
 ヒバリが高く舞い、ウグイスがさえずる中を歩き始めた。池周辺の芦原ではオオヨシキリが「ギョギョシ、ギョギョシ」と声を張り上げ、池の中ではカワセミがホバリングして、魚を捕るところを見ることができた。
 雑木林に入ると日本で一番小さなキツツキのコゲラが、一心不乱にコツコツと木に巣穴を掘っていた。入り口の工事は終わり、下に向かって穴を広げているようだ。巣穴の入口はコンパスで描いたように真ん丸なところは何時見ても感心する。
 近くにサギのコロニーがあるので、サギ類が頻繁に頭の上を通過する。これで天気がよければ申し分ない。
 毎年初詣でに行かせてもらっている鹿島神社の末社の横を通って、地元の小さな墓地を通る。この辺りはまだ土葬の風習が残っていて、土饅頭がある。不思議と気味が悪いということは感じない。死について考え方が定まったせいだろう。
 墓地の塀の上にアオダイショウの長さ1.8mくらいの抜け殻が載っていた。脱皮したばかりのようで、非常に綺麗な抜け殻だった。蛇の抜け殻は縁起が良いというらしいが、縁起や験を担ぐことがなくなってしまったので、単に美しい自然の姿( ?)に感心していた。
 途中から雨が本格的に降り始めたので、退散した。

040509hebi.jpg

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