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2004/06/15

千の風になった

 今日正午頃、職場の同僚の奥さんが亡くなった。まだ四十代半ばだった。同僚は気丈に振る舞っているが、悲しいのは本人だろう。彼を見ているだけで、胸が一杯だ。でもそれは同情で、共感ではないような気がする。
 喜びは分かち合えるけれど、悲しみは分かち合うことはできないと常日頃思っている。悲しみや苦しみは当事者にしか判らないことだ。同じような体験をしたとしても、悲しみはひとりひとり違うと思う。
 だから葬式は儀式として事務的に済ませてしまうのがいい。それで社会との関係は終わりにして、家族でゆっくりと千の風になったひととふれあう時間を持てるようにするのが一番だろうと思っている。家族にとって亡くなったひとは、死んでなんかいないで、いつも皆のそばにいるのだから。

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