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2004/10/31

ハローウィン

041031.jpg昨日からの雨が昼頃に上がって急に暖かくなってきた。午前中は市の文化祭の展示を見に出かけた。絵画、写真、生け花、書道など沢山の作品がや、市民団体の展示などがあって、とても楽しかった。

車のラジオから、イラクで武装勢力に拉致された青年の首を落とされた死体が見つかって、本人と確認されたというニュースが流れてきた。イギリス人も殺害した過激グループで、政府が交渉チャネルが見つからなかった時点で結果は分かっていたのではないだろうか。小泉政権が自衛隊を憲法無視でイラクに送った時点で、後戻りできなくなっている。これからも日本人の拉致事件があっても、同じ結果しかないだろう。

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2004/10/30

恐竜と会う

041030.jpg昨日は遊び過ぎて午前様だったので、非常に眠たかった。ちょっと遅い散歩に出ると、雨が降ってきた。机の周りを片付けていたら昼になってしまた。Amazonから予約した万年筆関係の本が手配できなかったというメールで、キャンセルする。これで二度目で、今回の本は販売量を読み間違ったのだろ。万年筆関係は隠れたファンがいるのを出版者もAmazonの仕入れ担当者も知らなかったのだろう。前回はカモメのハンドブックで、一度出たのだけれど間違いが多過ぎて改訂版が出るはずがキャンセルになってしまった。

午後は、岩井市の茨城県自然博物館の開館十周年記念企画展「恐竜たちの足音が聞こえる−中国そして日本−」を見に出かけた。今回の企画展で中国の内蒙古自治区で発見された羽毛をもつ恐竜の化石が展示されていて、見たいと思っていた。でも土日が忙しくてなかなか行けないまま、会期が残り少なくなってしまった。今日は一日フリーになったので、慌てて行くことにした。

館内は、児童生徒科学研究作品展開催中ということで、小中学生の入場が無料になっていて、比較的混んでいた。企画展では、内蒙古自治区博物館や国内の博物館から提供された恐竜の化石が展示されていた。羽毛をもつ恐竜のドロマエオサウルス類の化石は、確かに恐竜の特徴を持っていて羽毛が生えていた。羽毛は鳥類に比べて単純な構造のようだった。比較できるように、始祖鳥など鳥類の化石のレプリカも展示してあった。化石のクリーニングの実演には、子供達が沢山集まっていた。

恐竜にはあまり興味がないが、レプリカも含めコンパクトだけれど比較的よい展示だったと思う。普通、博物館内は写真撮影禁止なのだけれど、今回の展示では写真撮影のできる場所が二ケ所ほど用意されていた。カメラマンは指定された位置と方向からだけれど、写真が撮れた。ガードマンが見張っていて、化石だけは撮らないで下さいといっていた。そんなこと言われても子供連れではないのでそんなことは無理だろう。

企画展の会場の出口付近には、内蒙古自治区博物館、ニュージーランドのテパパ・トンガレワ博物館、アメリカのロサンゼルス郡立自然史博物館の自然の展示があった。十周年記念の展示のようだ。展示会場付近の柱に子供達の描いた恐竜の絵が沢山展示してあったが、小学校低学年でもずいぶんと絵の上手な子もいた。多分、こんな子は恐竜の図鑑は全部覚えているのだろう。それにしても恐竜の形や色は、化石から想像なので、どんな風に描いても正解になるのかもしれない。恐竜のスタイルも、私の子供の頃の恐竜はゴジラのような尾を地面につけて立った形から、最近は尾を水平に伸ばした形に変わってきている。これからも研究が進むにつれて、形も変わってくるだろう。

児童生徒科学研究作品展は、小学校一年生から高校生までの力作が勢ぞろいしていた。親が力を入れていると思われる作品もあったが、非常に面白かった。IT化も進んでいて、デジカメ、パソコンの利用が学年が高くなるほど多くなっていた。


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2004/10/28

旧暦九月十五日

041028.jpg今日は旧暦九月十五日霜降で朝から快晴だから、県内のどこかで霜が降ったかもしれない。昨日から急に寒くなったので、カモやハクチョウが近くの貯水地にきているかもしれない。寒いので腰と首の調子があまりよくない。

新聞にイラクで日本人が武装勢力に捕まって、「48時間以内に自衛隊を撤退させなければ、殺される」とテレビで言わせたようだ。非常に緊張した状況にあるイラクに何の目的で入国したのか、自分探しのために火の中に飛び込む気持ちが判らない。色々な人に行かないように注意されたのに、無理矢理入国したというから無謀な行為としかいいようがない。

救援するために外務副大臣が現地に入ったというが、そこまでする必要があるのだろうか。人の命は地球より重いというけれど、今この時にも戦争で殺されるひと、誰の援助もなく餓死する人、理不尽に自動車に轢き殺されるひと、突然の地震で死ぬ人など沢山いる。訳の判らない無謀な青年ひとりを救うために、国が国費を投入して直接動く必要があるかどうか疑問だ。親が「優しい子だったから」などと勝手なことをいうのも気分が悪い。「馬鹿なことをして、申し訳ない」としか言い様がないだろう。

地震で苦しんでいるひとを救うことのほうが先だろう。これから雪が降り始めるのに、まだ仮説住宅の話もでていないようだし、電気、水、ガスなどのライフラインも復旧が遅れている。ことの軽重ははっきりしている。マスコミもこの青年のことは静観することも必要だろう。

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2004/10/27

冬鳥がきた

041027.jpg朝の散歩で季節を感じるけれど、急に冷えた感じがする。札幌は8cmも雪が降ったようだ。初雪にしては少し降りすぎだろう。

午前中震度4位の大きな地震があった。立上がって机の上のパソコンを押さえてしまった。震源は新潟で震度6弱と強い地震で、前の地震で弱っていた家屋や崖が崩れたようだ。まだ孤立している地区もあり、救援物資のアンバランスも解消されていないようだ。

昼のテレビで崖崩れで埋まった車の中に人がいるということで救援作業の風景が映っていたが、その後二歳の子供が救助された。母親は掘り出されたが病院で死亡が確認された。それにしても崩れたきた岩の隙間に72時間も閉じ込められてよく生きていたと思う。

昼食を食べに外にでたときに、ウラジロガシの葉にハチが止まっていた。寒いのか近づいても動かない。植え込みでアオジの「チ」という声が聞こえた。「ヒッ ヒッ ヒッ」という声がして木の枝にジョウビタキの雌が止まっていた。ジョウビタキは「常鶲」と書き、雄の頭は銀色で、白髪の老人のようだから翁と鳥を合わせた字を使う。ヒタキというのは鳴き声が、「ヒッ ヒッ ヒッ カッカッカッ」と火打石を叩くような音に似ているからといわれている。冬鳥が少しづつ増えてきた。

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2004/10/26

雨は絹の糸でした

朝から雨で、新潟の地震の被災地も冷たい雨が降っているのだろう。今日で地震後四日目に入って、まだ救援物資が十分に届いていないようだ。救援物資の輸送に使う車両の高速道路料金を無料にするということが決まった。小泉首相も被災地に入ったらしい。

昔、フォーククルセダースの歌に「雨」という歌があった。「雨は絹の糸でした・・・」という歌い出しだったように覚えている。最近の記憶はボロボロと落ちているのに、昔の事が浮かぶというのはボケの始まりだろう。

夕飯はカレーライスとサラダだった。カレーを食べるのは久しぶりの感じがする、多分?

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2004/10/25

ニーハオ

朝の散歩の時に、ボーットして歩いていたら、ふと「バイキ」という言葉が浮かんできた。子供の頃、馬橇の馭者が馬に鞭を当てながら叫んでいた言葉だ。馬は後退していたので、「back」という英語が訛ったのだろう。そういえば「ゴヘ」とも叫んでいた。これは「go ahead」なのだろう。それにしてもどうしてこんな言葉が浮かんできたのだろう。

日本の職人の間で使われている英語は意外とあるのかもしれない。直角を出す工具の「スコヤ」はsquareのことで、ホームセンターの工具売り場でも使われている。

地震の救援はなかなか進まない。死傷者の数も増えている。救援物資の配送が悪く、一日おにぎりひとつというところもあるみたいだ。新幹線の障害は、当初よりもダメージが大きいようで、高架の柱が途中で崩れてしまっている。改修には相当な時間が必要だろう。同じ職場のひとが紅葉狩りに新潟に行っていてちょうど長岡付近を通行中地震にあって、新潟から福島回りでようやく帰ってきたといっていた。車の揺れは相当だったらしい。

夜に、台湾から娘の友達が来た。元気な女性だ。台湾大学の生物系の学部をでて、台湾の病院でSARSの研究をしているということだ。日本語をテレビで覚えたということで、聞き取りは問題ないが、話すことはあまり得意でないようだ。台湾で話す相手がいないので、上手くならないといっていた。父方のおばあさんが日本語を話すことができて、子供の頃よく日本の童謡を歌って貰ったそうだ。英語は上手で、意思疎通は問題なかった。ただ、妻と末娘は英語で硬くなっていた。

夕御飯は、肉じゃが、サバの味醂干し、蓮根のきんぴら、ごはん、味噌汁といつもとかわらないメニューだったが、よく食べてくれた。普通の日本の生活を経験してもらう方がいいと思う。それにしても非常に好奇心の旺盛な娘で、海外旅行が好きで、うちの娘と出会ったのもタイを旅行しているときで、それ以来メールを交換したり、娘が台湾にいったりと交流している。

話をしていて気がついたら十二時を回っていた。

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2004/10/24

地震は続く

平成16年新潟中越地震は一夜明けて明るくなってから、被害の状況が少しずつはっきりしてきた。死者、負傷者の数がどんどん増えてきている。テレビの映像で見る限り、道路が寸断されているし、鉄道も不通で、家屋の被害も相当あるようだ。人の想像も及ばない自然の力の物凄さを感じた。

地震発生時は夕方の食事時間ということで、家庭や飲食店で火を使っている場面が多い時間帯のような気がするが、火事が一件だけというのは不幸中の幸いといえるだろう。被災者は余震が続き、停電で真っ暗な中で、寒さに耐えて不安な夜を過ごしたことだろう。救援物資も届き始めているようだが、配送が上手く行って欲しいものだ。まだ、孤立して救援物資も満足に届かないところがあるようなのが心配だ。余震による家屋の倒壊を恐れて屋外で暮らす人が多いようで、雨が降らないように祈るばかりだ。

災害が起った時にいつも思うのだけれど、ニュースを視聴者に提供したいというのは判るのだけれど、報道各社がどかどかと被災者の所に踏み込んで、同じような質問をくり返すのはどうにかなら無いだろうか。それと、各社が別々にヘリコプターを飛ばして取材競争をしているが、そのヘリを共同取材の一機に絞って、他の機材を救援に提供した方がいいと思うがどうだろうか。年末年始の「ゆく年くる年」などは民放各社同じ映像を流すのだから、災害時でも同じ方法をとって、取材の車やヘリを救援物資の運搬や連絡業務に投入する方がいいと思う。

状況もよく判らず、要領を得ない放送をするよりも、各社協力して情報を集中して密度の濃い取材をした方がいいだろう。災害はエンターメントでは無いのだから、壊れたり崩れたりした絵になる場面ばかり追わずに、国民が被災者を支援するために、どうすればいいのかといった切り口での報道が、一番必要ではないだろうか。

台風24号の動きも日本に向かいそうな気配もあるし、北陸地方は明後日から雨が予想されいるので、被災地での二次災害が起きなければいいし、被災者が早く屋根のあるところで、暖かく過ごせるようになって欲しい。

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中国国宝展

041024.jpg
上野の東京国立博物館で開催中の「中国国宝展」にでかけた。人気のある特別展示は、朝早く開場直後に入るのが、展示物をゆっくり見るための秘訣だ。一番にいっても結構、ひとがいるものだ。それと、東京国立博物館はインターネットで100円引の割引券が手に入る。昔は、案内パンフの下に割引券があったが、今はインターネットに代わっている。会期が始まって数日間は、JRのみどりの窓口で前売り券が買えるのだけれど、今回は無理だった。

特別展の開場になっている平成館の入り口の二ケ所あった回転ドアは、一ケ所だけ普通の自動ドアになっていた。先月までは狭いドアを使っていて、人の流れが悪かったが、今回は快適だった。

展示内容は、すごいというしかない。中国の新石器時代から北宋までの約4500年間の遺物が167点も展示されていた。国宝というだけあって、芸術的にも価値が高いものも多いが、歴史の重さを感じさせるものばかりだ。

秦の始皇帝や唐の玄宗皇帝など歴史上の人々と同じものを見ているかと思うと、時空を越えた共有感を感じた。何度も博物館に通っているけれど、このような気分になったのは始めてだった。不思議な感じがした。

中でも玉の板を金の針金で人の形につなぎ合わせた、前漢の金縷玉衣は図鑑などでみたことがあったが、やはり実物を見なければ判らないところが沢山あって、これを見ることができただけで来たかいがあった。仏教関連の文物も、日本での仏教美術への影響を見ることができた。

集中し過ぎて非常に疲れた。これほど疲れた展覧会は久し振りだった。それにしても、先日の都立美術館でみた「四川文明展」の間に合わせのアクリル細工の展示方法とくらべ、グラスファイバーを使った照明を使って、展示物に影響のある紫外線や赤外線などを無くし、できるだけ明るくはっきり見えるようにしているといったように、東博はやはり底力がある。

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2004/10/23

大地震発生

041023.jpg水戸市で開催の茨城県民まつりと同時開催の「環境フェア」に野鳥の会の茨城支部が参加したので、今日は朝早くから当番ででかけた。駐車場が少ないということで、出展関係者はずいぶん遠い場所が割り当てられ、シャトルバスでの移動となった。

展示の準備をしている間に、開催時間前にどんどん人がやってきた。今年は鳥のぬり絵を用意したが、これが意外と好評で、学齢前から中学生までの子供達が集まってきて、用意した場所が狭くなってしまった。場所を広げて対応したが、常時満席状態となった。子供が集まるというのは、親がくるということで、他の展示を見てもらえた。200人近くの人がぬり絵に参加したようだ。一日立ちっぱなしとなった。

お祭りなので、各地の民族芸能などいろいろなイベントが行われていて、非常に賑やかだった。会場の中をチンドン屋が、イベントの案内をして歩いていた。チンドン屋というのは珍しい。それも全員女性というのも珍しいと思う。子供の頃、商店やパチンコ屋の開店やセールでには、チンドン屋が必ずといって良いくらい「チンチン、ドンドン」と鉦や太鼓で賑やかに宣伝して街中を練り歩いたものだった。今回のチンドン屋はアマチュアだろうか。チンドン屋というのは、簡単そうだけれど、間が難しいような気がする。

終了時間を過ぎてもひとがいて、他の団体の展示は店じまいを始めたのに、こちらはなかなか終われなかった。展示物を整理して、入り口にシートを張って、帰路に着いた。帰り道午後6時少し前に新潟でかなり大きな地震が起きたニュースがカーラジオから流れてきた。それを聞いて、昭和39年の新潟地震の記憶が蘇った。中越地方で直下型の震度6強の地震が発生したということだ。震源が20kmと浅く、マグニチュード6.8だから、相当揺れたはずだ。走行中だったので、地震を感じなかったが、茨城でも強い地震だったようだ。

自宅に戻ってテレビを見たが、被害状況がなかなかはっきりしない。新潟地震は日中だったけれど、今回は日没後だったので、被害状況が分かりにくいのではと思う。昭和39年の新潟地震では、水田の水が水田の形のまま空中に持ち上がったそうだし、液状化でアパートが倒れたりしたが、耐震設計の建物も多くなってきているので、被害が小さければいいと思う。

刻々、被害状況がテレビから流れてくるが、明日明るくなってからではなければ正確な被害状況は判らないだろう。そうしているうちにも、こちらでも揺れを感じるほど、強い余震が何度もあって、新潟県民は寝られない夜を過ごすことになるのだろう。

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2004/10/21

人口減少社会

前から読もうと思っていた文藝春秋新書の『ウエルカム・人口減少社会(藤正巌・古川俊之)』を出張中に読み終わるはずが、読み終わらずようやく読了した。老眼が進んできているので、目の調子が安定していないので、乗り物で本を読めたり、読めなかったりだった。

産業界は人口減少社会に危機だと騒いでいるが、人口減少が日本社会の沈没につながるはずがないという著者の論旨は明解だ。安定した社会においては、子供が死なないから子供を沢山生む必要もないし、老人になっても十分働けるので社会は機能して行く。実際の現在の農業を支えているのは65才以上の老人だ。逆に、ニートと呼ばれる働かない若い世代がいるのが現代だろう。ニートが働かなくても暮らして行けるというのは、親の世代がお金を持っているからだ。

少子高齢化はデメリットではなく、成熟した社会のあるべき姿かもしれない。成熟社会に向けて社会システムを整えて行けばいいのだ。


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2004/10/20

また台風かよ

0410200.jpg朝テレビを見ると、台風23号が大暴れのようだ。進路を見ると関東地方も午後には暴風圏に入りそうだ。といっても仕事をキャンセルする訳にはいかないので、できるだけ早く飛行場に行って早い時間の飛行機で帰ることにする。

ライスセンター、産直店などを回った後、天皇賞を授与された農家に向かった。水田を60ha、畑などを合わせて長沼町に100haの経営の他、えりも町に180haの肉牛牧場を経営している農事組合法人で、独創的な農業を展開している。実に興味深い。

その農家で幻の「マサカリ・カボチャ」をごちそうになる。皮が硬くて、マサカリでなければ割れないということで「マサカリ・カボチャ」という名前がついたというカボチャで、デンプン質でホクホクして塩茹でだけで甘味がある。一緒に行ったメンバーが、普通のカボチャつもりで皮を食べようとして、硬さに驚いていたView image

庭に立派なイチイの木があって、赤い実View imageが着いていた。この実は子供の頃「おんこのみ」と呼んで、よく食べたものだ。甘くて、ねっとりとした触感がなんともいえない。ただ、欲張って種までしゃぶると渋いと言うかえぐいと言うか、変な味がするので気をつけなければならない。

そうこうしているうちに、だんだん台風が近づいてくる。マイクロバスの中でラジオをつけると、各地で飛行機の欠航がでているようだ。誰かが携帯を使ってネットで調べたところ、16時半までの飛行機は飛ぶようだ。少し時間を早めにして、仕事を切り上げて、千歳空港に向かった。16時少し前に着いて直ぐに空席待ちの登録をして、待つことにした。同じことを考えるひとがずいぶん沢山いるようで、三十人以上前にいる。

時間になって、登録番号順に呼ばれはじめる。なんとか16時半の便に滑り込みセーフで、急いで飛行機に乗り込む。途中は所々大きく揺れたが、順調な飛行で安心していた。着陸態勢に入って、大きく揺れ始め、エンジンが大きく息をするように唸り、外の風の音が聞こえる感じとなった。窓から外のネオンサインが見えてきたと思ったとたんに、飛行機が急上昇し始めた。「強風で着陸をやり直す」というアナウンスがあった。着陸やり直しは、これまで200回以上飛行機に乗っているが始めての経験となった。二度目の着陸は上手くいった。着陸は別の滑走路だったようで、土砂降りの雨の中View imageをバスで到着ターミナルへ移動した。予約していた便は飛んだようだが、遅れていて、台風が近づいているので、着陸できなかったのではないだろうか。18時以降の札幌-羽田便は欠航となっていた。

台風の接近で強くなった雨と風の中、高速バスで帰宅したが、風で車体が横に押されるのが分かった。途中、RV車が横転していたが、視界の悪い中で車線変更でもして、後続車と衝突したのかもしれない。それにしても台風に空かれているようで、これほど高い確率で飛行機に乗ると台風と遭遇するのだから、年末ジャンボ宝くじを買ったら当たるだろうか。

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2004/10/18

タレ付きジンギスカン

041018.jpg朝早く起きて、温泉に浸かり、気分が良い。メールも電話もこないと言うのもすごく良い。朝食は、和食バイキングで、つい食べ過ぎてしまう。

長沼町は街全体でインターネットが使える環境整備が進んでいて、情報化の進んでいる市町村の全国8位ということらしい。でも、温泉の部屋までインターネットが繋がっている訳ではないのがなんともいえない。街の中は2.4GHzの無線LANアンテナが97ケ所も配置されているようだ。確かに、ノートパソコンの無線LANで電波は確認できた。

会議場に向かう途中に畑の中に黒いものが転がっていた。これはラップサイレージで、牧草を筒状に巻いた「ヘイ・ベール」を黒いポリで包んで乳酸発酵させる一種の漬け物で、牛のエサだ。牛はこの漬け物が好きなようでよく食べる。牛乳は季節によって食べるエサが違うので、搾りたての牛乳はいろいろな香りと味がする。工場でホモジナイズされパックされた牛乳を飲んでいてはわからないだろう。冬になってサイレージを食べはじめると、義ュ乳はサイレージの香りがしてくる。春になって緑の牧草を食べはじめると、牧草の青臭いような香りがしてくる。

早朝から会議室に缶詰で、表に出ることがなかった。昼食は温泉から届いたようで、お菜は朝食の残りかもしれない。

夜は、懇親会でジンギスカンを食べた。長沼町は知る人ぞ知るジンギスカンで有名な町だ。ここのジンギスカンは肉をタレに漬け込んだもので、店によって秘伝のタレを使っていて、それぞれの特徴がある。今回は、町営の施設ということで、町内の有名三店の肉が平等に皿に盛られてでてきた。ニュージーランドとオーストラリアのチルドラムを使っているので、柔らかく非常に美味しい。ビールと合うし、つい食べ過ぎてしまった。

ゆっくりと温泉に入って、就寝。

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2004/10/17

北海道へ

041017.jpgなんだか毎週北海道に通っている。明日から千歳の近くの長沼町で会議があるので、天気が良いのに日曜日の朝から羽田に向かう。隅田川の川沿いにホームレスの青いシートのマッチ箱のような小屋View imageが沢山並んでいる。台風18号や22号の増水時には水没したのではないだろうか。河川管理と防災上問題があるような気がする。

飛行機は747-400で、今回は二階席の窓側を予約した。ANAはインターネットの予約時に席が指定できるのがいい。チェックインしてゲートに向かったところ、異様に人がいるのでオッと思ったが、沖縄への修学旅行の団体だった。機内は日曜日ということもあって、比較的空いていたし、定刻に離陸した。

今回は珍しく宇都宮、郡山、山形、盛岡、下北半島を抜ける本州の中心を通るコースで、離陸後後方に富士山を見ることができた。天気が良く雲がほとんどなく、日光中禅寺湖、男体山、雪を冠った朝日連峰、紅葉が山を下っている月山、鳥海山、秋田の男鹿半島と八郎潟干拓、十和田湖と極めて順調な飛行だった。窓が小さく、太陽が後方にあったので、写真を撮影するには条件が悪かったが、鳥海山の写真を画像処理してみたら、日本海に浮かぶ飛島が微かに写っていた。

ほぼ定刻に千歳空港に着陸した。昼どきだったので、三階の食堂街で旭川ラーメンView imageというのものを食べてみた。旭川のラーメンが有名になっているようだけれど、いつからなのだろうか。醤油を食べたが、カン水を使ったチジレ麺で、スープは濁りのある塩気の強いもので、こんなもんかという感じだった。空港で食べたのが失敗なのか、旭川ラーメンがこんなものなのか判らない。

長沼町には、JR北海道の北広島駅からバスということだが、一時間に一本しかないということなので、千歳空港の屋上でジェット機の離発着の写真を撮ることにした。屋上には結構人がいて、その中に望遠レンズをつけた一眼レフを持った人が何人もいた。どの人も耳にイヤホンを着けて、何やら怪しい。たぶん、航空無線で管制塔と飛行機の通信を聞きながら撮影のタイミングをはかっているいるのだろう。手ぶれ防止の12倍ズームのデジカメはなかなか調子がいい。滑走路の奥の方で離陸するジェット機View imageを何機か撮影することができた。

JRのエアポートEXPRESSで北広島まで行き、JRバスで宿泊予定のながぬま温泉に到着した。町営の温泉宿泊施設で今日から二泊する予定になっている。早速、温泉に入ることにした。温泉は、ナトリウム塩化物強塩泉でわずかに黄土色で濁っている感じがする。浴槽は42.5度から38度まで5カ所あって、好みの温度の温泉に入ることができる。体がよく暖まる感じで、露天風呂もよかった。筋肉痛・関節痛に良いようだが、私の腰には先週の定山渓ほど利き目がないようだった。体全体が塩辛くなってしまった。

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2004/10/16

秋の一日

041016.jpg天気になるはずだったが、朝から曇りで、とても寒い一日となった。午前中は探鳥会のお手伝いで、土浦市の宍塚大池にでかけた。

谷津の入り口でカケスやモズが鳴いていた。気温が低いので昆虫の動きが鈍いので、バッタ類を簡単に掴むことができて、良く観察することができる。ホオジロはまださえずっている。池は水抜き中で、カモが少ないのが残念なところだ。それでもマガモを枯れた蓮の間に見つけた。林の中では、アカゲラが鳴いて、カラの混群に出会うことができた。

里山は秋の実りの季節を迎えていて、ドングリが沢山落ちているし、色々な野草が実を着け、キノコ類も傘を開いていた。アケビの実が口を開けて、中の半透明のジェリーに包まれた種を見せて下がっていた。早速、一つもぎ取って、中身を口に入れると、口の中一杯に甘味が広がった。適当に口の中で種を転がせて、勢い良く種を吹き飛ばした。欲張って種近くまでなめると、エグ味がでてくるので、適当にしなければいけない。毒味をしてから参加者に実をもいで渡した。皆で甘い、甘いと大喜び。

探鳥会というよりは自然観察になってしまったが、非常に楽しかった。

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2004/10/15

精神的セクハラ

夜半過ぎからの雨が嘘のような快晴。金木犀の花が落ちて茶色くなってきた。昼頃にカケスが鳴いた。今年も山から降りてきたのだろう。

フジサンケイ・ビジネス・アイの「メディア斬り」という麻生千晶さんの今日のコラムは、「わかばに見る精神的セクハラ」が気になった。最近始まったNHKの朝の連続テレビ小説「わかば」の主人公の祖母と母のステロタイプで時代遅れな女性像になっていることを斬っている。

1938年生まれの麻生千晶さんが自分で実感してるように、確かに現代の女性は元気だ。特に年の甲を経た女性ほど元気で、好奇心に満ちている。良妻賢母で、パソコンにもなかなか慣れないといったことはない。おじさんの元気のなさが目立つ。

麻生千晶さんは、時代とそぐわない女性像を描いているのを一種のセクハラだといっているし、そために、違和感があって視聴率があがらないと分析している。きたきつねはフェミニストではないが、同感だ。めったに見なかったというか見る気にもなれなかった、九月まで放送していた「天花」に感じた違和感も同じような原因かもしれない。現代の女性を描くのであれば、「スイングガールズ」の見習って欲しい。

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2004/10/14

曇りの東京

秋雨前線は大平洋上に遠ざかっているが、朝から曇り空で、なんとなく泣き出しそうだった。天気予報を信じて傘なしで、東京フォーラムで開催中のアグリビジネスフェアに行ってきた。一般の入場がないので、会場全体としては混雑した感じはなかった。人気のあるブースとないところがはっきりしているのが面白い。

農林水産省関連の行事としては珍しくコメやイモなどの試食・試飲がないのに驚いた。今回は保健所関係の手続きができなかったのかもしれない。農産物の良さは、試食・試飲できることだから残念だった。フェアの様子はNHKテレビの夜のニュースで紹介されていた。

往復のバスの中で、塩野七生さんの「ローマ人の物語 1 ローマは一日にして成らず[上]」を読了。この本は是非読んでおきたいと思っていた。ローマが王制から共和制に移行して紀元前6世紀ころまでを、先進地ギリシャと対比させながらの物語だ。きたきつねは昔からカタカナの名前が苦手で、特に人名がでてくると混乱してくる。母親がカタカナの言葉を読むと必ず前後を入れ替えたりしていたが、これが遺伝しているのかもしれない。

そんなこととは関係なく、ローマの直接民主制は非常に面白い。王は世襲ではなく市民に選ばれるというのは、今のアメリカの大統領と比べてみることができる。いろいろと興味深いが、塩野七生さんは非常にわかりやすく時間の流れをひも解いてくれるので読んでいて楽しかった。

ひとつだけきたきつねが間違って覚えていたローマ暦のことが分かった。二代目の王ヌマが定めたローマ暦は一年を355日として、これまで一月を三月として、十一月と十二月を一月と二月に持ってきたけれど、月の呼び名をそのままにしたので、九月以降の呼び名がずれてしまったということだ。きたきつねは従来の暦にシーザーとアウグストゥスが自分の誕生日の月を無理やり押し込んだので月がずれたと思っていた。本当におばかなことだ。

損保会社は、担当者を茨城南サービスセンターのリーダーに代えてきた。かみさんに言わせるとやはり損保会社同士で適当に談合している感じのようだ。加害の相手は「修理は自分でするからいい」といっているようで、自分が悪いことを認めているようだ。優先道路を走っていて、事故を避けることができない場合にどう回避できるのか、過失があればどのような過失かも含めて、納得できる説明をしてもらいたいと話して、相手の損保ともう一度話をするといっていたようだ。さて、どんなことになるやら。

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2004/10/13

自動車保険2

8月に自動車保険のことを書いたが、かみさんが優先道路を走っていて、見通しの良い一旦停止のある道路から出てきた車がドアにぶつかるという事故にあった。保険会社に連絡したら、マニュアル通りの木で鼻をくくったような対応で怒り狂っていた。この損保会社の土浦支店は前から対応が悪いので、つくば支店で対応してほしいと代理店に頼んでおいたのでに、また土浦支店になってしまったようだ。

だいたい事故は色々な状況があるのに、横からぶつかった場合には、7:3が判例ですからというようなマニュアルにある一律の処理をしていいわけではない。このような事故を避けるには優先道路を走っていても、不測の事態を予測して停まらなければいけないとすれば、普通に車は走ることはできないだろう。一旦停止の標識はなんのためにあるのだろうか。

クライアント立場に立って処理に当たるのが仕事ではないだろうか。現場に行く訳でもなく、保険屋同士でこんなもんだといった談合をして済ますようなことは止めて欲しいものだ。そのために保険料を払っている訳ではない。

契約してる保険代理店に電話して事情を話したら、直ぐ対応してくれて担当者を代えてきたが、どうなることやら。

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2004/10/11

レインボー777

041011.jpg天気がよければ、千歳空港から苫小牧行きのバスでウトナイ湖サンクチュアリーで鳥を見てから帰ろうと思ったが、朝、目が覚めたら雨だった。台風で諦めていた土日の二日間、雨が降らなかっただけで良しとしよう。

帰りの飛行機は久し振りに旧JASのレインボー777だった。最近はANAとAirDoで、JALはJASと合併してから乗っていない。というより、ここ数年は飛行機に乗る機会は年一度ほどだったし、道産子はAirDoということにしたので、JALには乗っていない。でも、これまで200回以上飛行機に乗っているけれど、JALが一番多いと思う。

明日からまた仕事だと思うと・・・・・・・

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2004/10/10

マガンの群舞

041010_2.jpg若い友人夫婦と札幌駅で待ち合わせて、国道275号線で一路美唄市の宮島沼へ。一時間ほどで沼に到着した。駐車場には20台ほどの車が止まっていた。観察センターといっても昔の地区の集会場の「大富会館」だけれど、屋根が無い。先月の台風18号が屋根を吹き飛ばしてしまったということだ。裏に回ると壁もゆがんでいた。沼に向かうと、沼の周りにも根こそぎ倒れている大木があった。

宮島沼は国内13番目のラムサール条約登録湿地で、マガンの渡来地として有名な場所になっている。春、秋の渡りのシーズンには三万羽を越すマガンが集結する。数年前も秋の渡りのシーズンに来たことがある。

沼の水面には、数百羽のマガン、二羽のオオヒシクイや、マガモなどのカモが浮かんでいた。時々、数十羽の群れが戻ってきたり、逆に出て行ったりしていた。周辺の水田や畑で落ち穂や農作物のカスなどを食べているのだろう。そこでマガンが戻る日没まで待つことにした。

だんだん日が暮れてくると、遠くの方からマガンが数十羽の群れが戻ってきた。面白いことに人もどんどん集まってきた。そうこうするうちに、百羽くらいの群れがいくつも戻ってきた。水面に近づくと群れがバラバラになり、水面のマガンの群れの隙間を探して降りていく。

夕暮れの中を戻ってくるマガンに混じって、コハクチョウも戻ってきたが、降りる場所が込んでいたのか、何回か沼の上を旋回していたが、沼の奥の水田のほうに飛んでいった。少なくとも30羽くらいいただろう。少し時間がたって、沼はマガンでいっぱいになってきた。一万羽前後はいるのではないだろうか。マガンはできるだけ人のいるところから遠くの場所から降り始めて、降りる場所がなくなると少しずつ人のいるほうに降りるようになる。それでも、今回は池の中ほどまでしかきていない。前回は、もう少し手前までいたと思う。ピークは三万羽くらいになるようだから、池全体がマガンで埋まるのだろう。

日が暮れてきてマガンがシルエットになってきたので、帰ることにした。来た時と同じ道を一路札幌へ、夕食を食べようということで、サッポロファクトリーに行くことにした。サッポロファクトリーは昔のサッポロビールのレンガ造りの工場を再利用したモールで、知らない間にどんどん大きくなっているようだ。でもあまり人はいないようだ。地下のとんかつ屋さんで、ロースかつ定食を頼む。久しぶりのとんかつで、肉がやわらかく旨かった。やはり肉は豚だ。

北海道は豚肉という感じがする。すき焼き、肉じゃがの肉は豚に決まっている。帯広の豚丼もある。もちろんラーメンのチャーシューは豚だ、これは北海道だけではなかった。

友人の家は反対方向なのに、宿まで送ってもらった。こんなゆったりとした鳥見は久しぶりだ。どらさん&miniどらさんありがとう。

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38階のトイレ

041010_1.jpg午後は美唄市の宮島沼に向かう予定だけれど、時間があったので、JR札幌駅のJRタワーの38階の展望台に行ってみた。入場料900円を払って、6階から直通エレベータで地上高160mの展望フロアーまで一分足らずで到着となる。

札幌の街で一番高い場所から360度のパノラマを見ることができる。JRタワーができるまでは、147mの大通りのテレビ塔が札幌で一番高い建物だった。天気が今一つで遠くの山はある程度見えるといったところだった。北海道大学のポプラ並木で、倒れたポプラの樹を釣り上げるための、巨大な赤いクレーン車が停まっているのが見える。休日で作業も休みなのだろう。

遠くに野幌の開拓記念塔が見える。札幌は市域を広げてしまっていて、見渡す限り町並みが続いていて、所々に緑が見える。夜の景色は綺麗だろう、一度夜に来たいものだ。懐かしい建物やグランドマークを探して、ぐるりとフロアーを二周してしまった。

男子トイレの小便器が窓に向かって置いてあるので、空に向かってオシッコをすることができるという、フロアの途中にある話題の空中トイレに入ってみた。有名なトイレの得意な設計事務所が設計したそうだ。トイレの前が透明なガラスというのは面白いが、便器だけが床から生えている感じにすればもっと良かったとおもう。記念にオシッコをしてきた。

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紅葉前線

041009_2.jpg目が覚めて起きて風呂に行く。温泉の効果がでたのか、背中が張った感じがなくなって、腰の調子が非常に良い。長逗留したいが、そういう訳にもいかないのが、辛いところだ。朝ごはんは、和食バイキングということで、つい食べ過ぎてしまう。このところ何を食べても旨いが、季節のせいだろうか。冬ごもりに向けて体が要求しているのだろうか。

今回の旅館は、古いけれどよく手入れされていて、なかなかいいところだった。非常に満足だった。8月に行った栃木の川治温泉の旅館は、掃除は行き届いていないし、風呂場もガラスが割れていたり、仲居さんが素人だったので、今回もそのようなもんだろうと思っていたが、期待を良い方に裏切られた。後で分かったのだが、経営者が学校の先輩だそうだ。

台風は予想のコースを外れたようで、天気は良くないが、雨が降っていない。ゴルフグループは早めに出発、残りは一緒に、札幌市内に旅館のバスで送ってもらった。札幌に近づくに従って木々が緑になってきて、紅葉が山を降りてくるというのが、良く判る。

子供のころ、遠足に行った山の中が、住宅が沢山建っていて、道路沿いにショッピングセンターなどができていて、昔の面影がなくなっていた。

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2004/10/09

台風の爪痕

041009.jpg9日の朝、テレビをつけると台風が関東にどんどん接近している。このところ出かけようとすると台風が絡んでくるようだ。午後一時の札幌行きの飛行機に予約を入れてあるが、怪しいので早めの羽田行きの高速バスに乗った。

9時半に羽田に着いて運行表示板を見ると総べて満席で、チェックインカウンターは長蛇の列だった。みんな考えは一緒で、午後になれば台風の影響で欠航は避けられないということで、早めの便に乗ろうときているのだろう。これはまずいと思い、場内整理のスタッフに聞くと空席待ちしてくれという。まともに並んだら空席待ちのカードを貰うのに一時間くらいかかりそうだったので、田舎のおじさんで滅多に飛行機に乗らないので、どうすればいいのか判らないというと、カウンターにいってカードを作ってくれた。これが9時40分。

急いでセキュリティーゲートに向かうと、一カ所だけ人が少ないところがあったので、さっとすり抜け、10時発のゲートに向かった。空席待ちカウンターに着いたのが9時43分で、直ぐ手続きをして待機していると、数分後に呼び出しがあって滑り込みセーフとなった。千歳空港は暖かで、防寒の用意をしてきたのに肩透かしの感じ。

友達との待ち合わせまで時間があったので、北海道大学の正門を入って、札幌にいる娘に電話すると、開口一番「おとうさんん台風を連れてこないでよ」という、「北大の中の樹はひどいことになってるよ」というので、前方を見るとエルムの大木が折れていた。クラーク像のところで回りを見ると大木が折れたり、直径30cm以上の枝が大量に折れて落ちた跡があった。ポプラ並木は有名なので報道されているが、それ以外の樹も被害は大きいようだ。ポプラ並木は大型のクレーンを入れて、植え直しの工事をしているそうで、近くに行けないようなので行かなかった。

久しぶりの友達と会って、迎えのバスで定山渓温泉へ向かった。予定通り午後一時の便で来た友人は、若干遅れたようだけれど間に合ったが、3時過ぎからは全便欠航となったようだった。定山渓は札幌市内よりも寒いようで紅葉が始まっていた。ゆっくり温泉につかって、宴会モードに突入した。二次会、三次会となって、私は一時過ぎに離脱したが、数人は朝まで語り明かしたそうだ。

二十年振りにあった友達もいたが、昔のまんまで、なんの違和感もない。十年毎に集まっているが、次の十年となると誰かが欠ける可能性もあるので、次回は五年後にということになった。場所を相談していると盛り上がって、北京で開催ということになったが、どうなることやら。ひょっとすると本当になるかもしれない。

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2004/10/08

台風接近中

中心気圧920hPaの強大な台風22号が近づいてきている。朝から台風と前線の影響で雨が降り始めて、だんだんと強くなってきた。勢力が強く、暴風圏が広いということで、ラジオの天気予報で、明日は外出しないようにいっている。午前中には東海地方に、午後には関東地方に接近する可能性が高い。

ところが、明日は札幌で予定されている大学の同期会に行くことになっているので、外出しないわけにはいかない。今回は、台風接近の中から飛ぶというので、先月北海道にいった時のように札幌市内に入るのに14時間もかかるようなことは避けたいものだ。午後便を取っていたので、午前便に変更しようとしたが、連休の初日で15時まで全便満席でアウト。早めにいって、キャンセル待ちにかけるしかないようだ。離陸できれば、台風の速度は遅いので問題ない。でも、暴風圏に入ってしまうと最悪欠航地獄が待っている。定山渓温泉で、まったりと温泉につかって旧交をあたためたいと思っているので、絶対行く!

そういえば、今日から毎月一回、市内のケーブルテレビのポータルサイトでバードウォッチングのコラムの連載が始めることになったことを忘れていた。サイトを確認にいってきたら、ちゃんと掲載されていた。このコラムを通して鳥仲間を沢山増やしたい。

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2004/10/07

地震だ!

041006.jpg昨夜の地震はすごかった。始めはちょっと大きめの地震だと思ったが、グンと持ち上がるような強い揺れになったので、飛び起きた。震度5弱ということだったが、棚やタンスの上からものが落ちることもなかった。同じ市内でも場所によって地震の強さは違ったようだ。多分うちのあたりは震度4強(?)くらいだったのだろう。友達の家ではパソコンの上のCDが落ちたそうだ。JR常磐線の電車が止まって、再開まで相当かかったようだ。今晩も鹿島灘が震源の地震があったようだ。浅間の噴火とは関係がないと思うけれど、何か不安だ。

朝の散歩を終えて庭のハーブを見ていたら、ハチが花の蜜を吸いに来ていたので、急いでデジカメを取りに戻った。後ろ足で花びらを抱え込んで一心不乱に蜜を吸っていた。なんという種類のハチだろうか。

今日はバス通勤だったので、バス停に向かって歩いていて、ポケットを探ったらマネークリップがない。これは困った、バス賃がないとこまるなと、小銭入れを開けたら150円しかない、名刺入れを見たら回数券が250円あったので、バスに乗った。このバスを逃すと1時間以上待つことになる。東京行きのバスが10分から15分間隔であるのに、街の中は公共交通過疎地というのは困ったものだ。

帰りのバス賃がないので、昼休みに郵便局にお金をおろしにいった。通り道で蝉が鳴いていた。アブラゼミのようだが、これほど涼しくなっても蝉がいるのだろうか。先週は力の無いツクツクボウシの声を聞いたが、調子が狂っているのだろうか。

北海道は本州よりも一足早く10月1日から狩猟期間に入ったが、日高の鵡川町でハンターの手前勝手な発砲してトラブルになったようだ。放牧地の牛が発砲で暴れたり、民家の屋根に散弾が落ちたりと非常識な事件だ。ハンターの一人は町議会をさぼって鉄砲撃ちに来た町議だという。トリガーハッピーというハンターがいるのが困ったものだ。大日本猟友会というハンターの組織も、会員の教育をしているようだが、どうしようもないのは必ずいるので、そのようなやつに鉄砲を持たせるべきではない。
http://www.tomamin.co.jp/2004/tp041007.htm#t4

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2004/10/06

クロトキを見に

041006.jpg朝起きると、昨日の雨が嘘のように晴れていた。散歩道は濡れていたけれど、気分がよかった。

朝一で、職場の定期健康診断があったので、さっさと済ませて休暇モードへ突入。波崎町に向けて出発した。国道408号から県道で東町へ抜け、信号のない利根川の堤防沿いの道を一気に波崎町に到着した。道は混んでいたので、時速30kmくらいだった。昨日クロトキがでたという情報で、これはタイミングを逃すと死ぬまで見られないかも知れないと思って、直ぐに休暇を出してしまった。

現場は、他県ナンバーの車が何台も止まっていたので、直ぐにわかった。クロトキのいる場所は、遠かったけれどすぐに分かった。カゴ抜けの可能性は否定できないが、間違いなくクロトキだった。どこから迷ってきたのだろうか。中国北部の繁殖地の個体だとすごいのだけれど、多分中国南部からの個体だろう。

記念にデジカメでデジタルズーム32倍で撮影したが、これが遠過ぎて小さくしかとれなかった。隣にアマサギがいるので、大きさの比較ができる。

帰り道、道路の標識を見ていると、利根川の茨城側に千葉県の佐原市や小見川町の飛び地がある。江戸時代の新田開発の名残りで、飛び地が残っているのだろう。小学校も分校が置かれたりしていて、行政は利根川の向こうの千葉で、生活は茨城という捩じれたことになっている。橋が遠いので、いろいろと不便だろう。

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2004/10/05

明日天気にな〜れ

041005.jpg今日も雨。昨日よりも雨脚が強い。昼休みに郵便局に歩いて行ったが、傘をさしていてもズボンがベショ濡れになってしまった。日雨量は30mmを越えていると思う。夜半過ぎから雨が上がった。明日は晴れになるといい。

最近、「ニート」という言葉が新聞に良く出てくる。働いているわけでもなく、勉強しているわけでもなく、職業訓練を受けているわけでもない若者をニートというらしい。ニートはNEETで、Not Employment, Education or Trainingの略になる。フリーターというのは正業につかないが、まだ働いている。しかし、ニートはなにもしていないということで問題だ。

25歳未満で40万人、25歳以上35歳未満が35万人と推計されているようで、全人口の約0.6%以上もいるということになる。実際には35歳以上の年齢階層にもニートは存在するだろう。毎年ニートが増加しているらしい。

ニートを生み出す原因は、人生の目標や生活力のない若者が生み出されてきていることなのだろうか。根本原因は、教育、家庭、社会経済のどこかにあるはずだ。このままで人口の1%を越えるようになると、社会に与える影響は無視できなくなるだろう。それに、ニートは親が面倒を見ているのだろうが、親の世代が失業や年金生活になった時にはどうするのだろうか。

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2004/10/04

パソコンに振り回される

今日も朝から雨模様だった。仕事で使っているパソコンのファイルをハードディスクに、バックアップを始めたところ、途中でフリーズする。調べてみると、ある一太郎ファイルを読むと現象が起るようで、そのファイルを除いてバックアップを完了した。普通だと20分もあれば終わるのに、2時間近くかかってしまった。

システム管理者から、多分「今使っているブロードバンドルーターが設定が悪くて、何か信号を出しているようだから設定を変えろ」という意味のメールがきた。でも内容がチンプンカンプンで判らないので、メールをしたらもっと難しい内容のメールが帰ってきてギブアップ。それにしても、専門家しか判らない言葉でメールを書いてくるのは困ったものだ。

これでも少しはパソコンの知識があると思っていたが、最近のアップデートは訳がわからん。WindowsXpをSP2にしてから、無線ランは繋がらなくなるし、最低。全くの素人さんだと完璧にお手上げだろう。欠陥だらけのOSを使わされるのはたまったものではない。ソフトもアップデートがあって、知らないでいる人も多いだろう。ネットワークに繋がっていない人達はアップデートできずに泣き寝入りしているのだろう。

USBのポータブルタイプの外付型HDユニットを使っているのだけれど、iBookのUSBは1.0なのでめちゃくちゃデーター転送が遅いので、IEEE1394のものを買ったが、iMacと上手く繋がらない。Vioでは上手く行くけれど、仕事場のSotecでは突然電源が落ちるという怪現象がおこる。これでまた時間を取られてしまう。本当に今日はパソコンのお守ばかりだった。

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2004/10/03

天国の青い蝶

夕食前に近くのシネマコンプレックスに「天国の青い蝶」を観にいってきた。この映画は、余命数カ月の脳腫瘍のピート子供が、昆虫学者オズボーンと熱帯雨林に青いモルフォ蝶を探しにいって、脳腫瘍が消えて戻ってくるという実話を元にした話だ。

モルフォ蝶を追いかけてオズボーンとピートが穴に落ち込むというのは想像していなかった展開だった。脳腫瘍でバランスが取れなくて歩くことのできない少年が、オズボーンを助けるために密林を進んでいるというのが山場になっている。途中疲れて倒れた時の夢の中で、蛍光色の隈取りをした原住民の戦士の槍が少年の頭に触ると、青い光が頭から抜けて行くのが、腫瘍が無くなったことを暗示している。

少年ピートが、青い蝶はモルフォ蝶だけではないという地元の少女ヤナの言葉の意味が判って、最後に手にしたモルフォ蝶を空に離す場面がよかった。

オズボーンのモデルとなったジョルジュ・ブロッサールは、昆虫採取をするために大学で法律を勉強して公証人として財をなして38歳で夢を実現するため引退したらしいが、なんとも想像できない。

今度は何を観に行こうか。年内に観たいと思っていた「ディープ・ブルー」がようやく茨城でも上映することになったので、これは是非見に行かなければと思う。最近、本当に良く映画を見に行っている。数年前は年に一度も映画を見に行かないこともあったことを考えると、映画館が近いというのは必要条件のようだ。

そういえば、昭和三十年代は自宅から歩いていける所に映画館があって、良く三本立ての映画を見に行ったものだ。多分、小さな街にも映画館があったのではと思う。テレビが普及して一気に映画館が無くなってしまったが、最近また映画館が増えてきている。やはり外界から遮断されて、大画面で見る映画は、家でDVDを見るのとは違うのだから、映画に行く人が増えているのかも知れない。

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2004/10/02

どんと鳴った花火だ

041002.jpg土浦の花火大会に出かけた。この花火大会は、今年最後でかつ日本一の花火師を決めるコンテストになっている。来年の全国の花火大会に使われる花火の見本市ともいえるだろう。他の花火大会と違って花火工場毎に花火を上げるので、ちょっと間延びした感じはあるが、内容はなかなかのものだと思う。今日は茨城放送だけでなく、NHKの土曜特集でも中継されていた。主催者発表で70万人の観覧者があったということだ。

自宅から花火大会が良く見える場所まで、45分間歩いていった。花火大会周辺の道路は通行止めになっているし、駐車場がないので、歩いて行くのが一番だと思う。本当は、もっと近くに行くことはできるが、あまり近過ぎると、全体を良く見ることができなくなるし、それと歩くのが苦しくなるので適当なところで妥協ということになる。

今年の場所は、農道の縁に座って見ることができて非常に良かった。10号以上の大きな花火は、音が空気を伝わってくることが肌ではっきりわかるほどの近さだった。デジカメで150ショットほど撮影したが、花火の開いている時間は数秒なので、タイミング難しく、なかなか上手く撮れなかった。でも、手ぶれ防止はたいしたもので、背景の建物等はちゃんとぶれていない。

花火工場によって花火にも個性があるし、技術の差もあるようだ。綺麗に丸く均等に広がる花火は難しいのだろうか。絵や文字が浮き出す花火もあった。

シアトル・マリナーズのイチロー外野手が年間安打記録を更新した。84年前の記録257本を二試合を残して二本も越えてしまった。驚異の記録で、この次この記録を破るのはイチローしかいないだろうと思う。


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2004/10/01

「学研の付録」のガチャガチャ

041001.jpg朝から青空が広がって爽やかな一日となった。机の上のゴミを右から左に処理をして、午前中が終わった。昼は、久し振りにお弁当だった。

午後は三時からの打ち合わせの資料を作ろうとしてWORDを立ち上げたところに電話が来た。「トラブルなので来て欲しい」ということで急いで行くと、これが馬鹿な話だった。ゴキブリのように生き返ると困るので踏み付けて、生き返らないようにしっかりと頭を潰して帰ってきた。打ち合わせまでの時間がなかったので、資料なしで突撃することにした。まあ、それなりに落としどころ落ち着いて解散。戻ってメールを見て、返事を書いていたら6時近くなってしまった。

帰りに、マツキヨに寄って帰ろうとすると、何時もは素通りするガチャガチャに「学研の付録」を見つけた。そういえば、雑誌で「学研の付録」のガチャガチャがあるというのを読んだことあがる。「水車の模型」があったので、欲しいと思い200円入れてダイアルを回すと、「タイマー」がでてきた。もう200円入れたところ「水車の模型」が出てきた。二回で目的のものが手に入るとは、今日はついているかもしれない。

「タイマー」は輪ゴムを動力に、天桴を使って定速にして、歯車についたバネでベルを鳴らすというもので、時計の原理がわかる。「水車の模型」は小屋の中に水車の回転で杵が上下して、臼を搗くメカニズムが入っていて、回転を直線運動に変える仕組みがわかるというものだ。どちらも簡単で良くできている。

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