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2005/07/31

星のふるさと館

050731洗濯をして、朝食の後かたづけをして、さて今日はどうしよかと思っていたら、地滑りで有名な板倉に地滑り資料館というのがあったことを思い出した。一度行こうと思っていたので、板倉に向けて出発した。

地図を見ていたら、途中の清里に「清里民俗資料館」があるので、寄ってみることにした。資料館に着いてみると、土日は休館ということでがっかり。そういえば坊ヶ池というのがあったので行ってみることにした。棚田の中を登っていくと、大きな池があった。取水施設があるところを見ると農業用水に使っているようだ。

池の横に「星のふるさと館」という天文観測ドームのある建物があった。きたきつねは天文にあまり興味がないけれど、好奇心で入ってみることにした。本当は屋上から周囲の風景を見たいと思ったからだだった。

屋上に向かって、周りを見渡すとガスがかかっていて見晴らしはそれほど良くない。説明板を見ると、天気が良いと能登や佐渡がよく見えるらしい。

050731_2屋上から降りる途中に観測ドームへの入り口があったので、行ってみた。ちょうど、職員の人が太陽の黒点を観測しているところだった。白い紙に黒点が写っていた。薄い雲があるけれど見てみますかと、太陽を見せてくれた。太陽の表面からフレアーが上がっているのを見ることができた。どちらも生まれて初めての経験だった。

050731_3さらに、反射望遠鏡で金星を見せてくれrという。パソコンでディスプレー上の星の中から金星クリックすると、望遠鏡が動き始めて金星の位置で止まった。薄雲を通してだけれど、白い金星がはっきりと見えた。ここの反射望遠鏡は、直径60cmで新潟県で一番大きな望遠鏡だそうだ。他の星も見せてくれたが、雲が邪魔をしてはっきりと見えなかった。

050731_4他に誰もいなかったので、展示室も案内してくれた。夏休みに合わせて隕石の展示をしていた。平成8年に降ってきたつくば隕石の切片を顕微鏡で見せてくれた。大正9年に清里に落ちてきた「櫛池の隕石」のレプリカが展示されていた。20cmくらいで重さ 4.42kgと大きな隕石だった。本物は「清里民俗資料館」ということだ。

水田の中に落ちてきて、10mくらいの水煙が上がったと書いてあった。当時の新聞記事が展示してあって、所有権を巡るトラブルもあったようだ。隕石の落下地点が公園になっているということなので、帰り道寄ってみた。落下してきた角度を示すステンレスの三角形のモニュメントの下に90cmの穴があいていた。

午後は用事があったので、時間切れで結局「地滑り資料館」には行くことができなかったけれど、生まれて初めて天文観測ドームに入ることができて、太陽のフレアーと黒点を見ることができたのは、大収穫だった。

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2005/07/30

直江津の花火大会

050730_2今日は、明治最後の日で、明治四五年の今日大正に改元されている。

いつも行くガソリンスタンドは、「0」の付く日はガソリンが安いので、給油にいって、ついでに二ヶ月ぶりに洗車した。夜に高速道路で山の中を走ったので、フロント部分に小さな虫の死骸が大量にこびりついていて、なかなか取れなかった。

なかなか疲れが取れない感じで、ごろごろしていた。友達から電話がきて、「26日の雨で延期になっていた直江津で花火が今晩あるので見に行こう」という誘いがきた。高田駅まで歩いて信越線で直江津駅までいって、関川の河口まで歩いた。なかなの人手で、途中夜店がでていた。

八時に開始した花火は、高田の花火大会の数倍の規模で、十号花火が多数打ち上げられていた。水中スターマインもあってなかなか面白かった。花火の提供者の名前を呼び上げるが、非常にテンポ良く九時ちょっと過ぎに終わった。非常に満足。友達が「来週は忙しいので行けないから、来年は是非長岡の花火大会に行きたいね」という。長岡の花火は二日連続で相当すごいらしい。

花火の撮影を三脚を使って、シャッター速度を4秒、ホワイトバランスを太陽光にするという方法に変えてみたが、花火の動きがわかる感じに撮れた。でもシャッターのタイミングが難しいことに変わりがない。

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夏休みこども科学電話相談

このところNHKラジオの第1放送で平日と土曜日の午前9時5分から11時50分に夏休みこども科学電話相談が放送されている。土曜日の朝、ボーッとラジオを聞いていたら番組が始まった。子供達の質問の中には、小学生でも本当によく調べていて、大人顔負けの質問があったり、時々面白いものがある。

それよりも興味があるのは、回答者の説明の仕方だ。知識のない子供に難しい内容を分かり易く答える人と、本人は分かり易くしているつもりだけれど専門用語を使って難しい回答をしてしまう人など、色々あって非常に参考になる。聞いているこどもは判っていなくても、「どうもありがとうございました」とお礼をいうのがけなげだ。

専門家は、少し難しい言葉を使った方が権威があっていいと感じる大人と違って、子供達はそんなことは全く関係がないから、回答者も訓練する必要がある。話をする相手の、知識の水準に合わせて自在に話ができるようになりたいものだ。

専門用語を言い換える時に、考えすぎて話の内容がぐちゃぐちゃになってしまう可能性もあって、事前の準備が必要だろう。そう考えると小学校や幼稚園の先生は、一流になるのは非常に大変だろう。

そういえば、今は電波が届かないので聞くことができないが、毎週日曜日の午前9時からTBSラジオの「こども電話相談室」という番組があって、車で出かけるときにはよく聞いていた。この番組でも回答者の巧拙がはっきりとでていた。常連の永六輔さんは何でも答えるけれど、時々ウソをいうのを「また、間違っている」と思いながら聞くのが楽しみだった。

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みかんそうめん

050730昼につくばで買ってきた「みかんそうめん」を茹でてみた。静岡産の温州ミカンの粉末を練り込んだそうめんで、きれいなオレンジ色になる。ラーメンどんぶりに入れたので、一見ラーメンに見えるけれど、つるつると暑い日はこれが一番だ。

なんとなくミカンの香りがする程度だけれど、色がきれいなので子供は喜ぶだろう。ミカンに含まれる、β-クリプトキサンチンが売りの商品で、まだ知名度が低いが、もう少し宣伝すれば売れると思うけれどどうだろう。

「みかんそうめん」を作っているのは、静岡の富士製粉で、{ぐんぐん元気 ホットケーキミックス」というのも作っていて、こちらの方が香りがはっきりしていておいしいと思うが、今回は売っていなかった。ミカンの粉末も売っているようで、パンとかケーキとかに使うと特徴のある商品ができるような気がする。

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2005/07/28

今日は土用丑の日

旧暦六月二十三日土用丑の日ということで、今日はウナギが街にあふれていたのではないだろうか。ウナギの蒲焼きに興味の少ないきたきつねには関係ない。

今日は、会議の懇親会ということで、ビヤホールにでかけた。4,000円で三時間飲み放題・食べ放題だというけれど、ビールは中ジョッキ一杯で十分なきたきつねにはありがたみはない。ビールのつまみというのは揚げ物が多いし、それほど食べられるわけではないので、ビヤホールは大もうけということになる。帰りにもうもう一軒寄って帰ってきた。

昨日の朝日新聞の生活欄に浅田次郎さんの「仕事考」というコラムが載っていて、あまりにきたきつねの考え方に似ているので、喜んで切り抜きしてしまった。「困難を乗り越えるエネルギーは、やはり個人の活力。物事を前向きに明るく考える中でわいてくる力」と結んでいるが、実にその通りだと思う。

一所懸命明るく仕事をすると、自分も楽しいし、周りの人も気持ちが良い。周りの人が気持ちが良ければ、協力もしてくれるし、後押しもしてくれる。全て良い方向に回ってくる。これが手抜きをして嫌々仕事をすると、本人はつらいし、周りも嫌になる。そして結果は見えている。

本当はつらい仕事も多いし、嫌なこともあるにきまっているけれど、それに向かう姿勢が大切だと思う。自分の周りをパラダイスにするのが一番だろう。

そうそう、今日すごいサイトを見つけてしまった。といっても、大分前からあるようで、知らなかったというだけだ。それは、Googleマップという地図のサイトで、もう動きがスムースでいらいらすることがない。さらに、地図と同じ場所の衛星写真に変えることもできる。グルグルとマウスで地図を動かして遊んでしまった。

同じGoogleのGoogleローカルというサイトは、お店などの地域情報を検索するとGoogleマップの地図が表示される。ズームなどもスムースで、マップルなどの地図サイトの遅さと比べると、新幹線と山手線という感じだ。

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2005/07/27

祭りは続く

050727
上野駅の中央口のコンコースにパン屋と小さなスーパーができていて、非常に便利になった。色々な駅弁や普通の弁当、総菜などがあって、軽い昼食にしたいときにいい。新幹線の指定席は売り切れだったので、自由席にした。でも自由席はそれほど混雑していなかった。繁忙期になると、自由席にすると座れないかもしれないと指定席にするひとが多いので、指定席は満員で暑苦しいのに、自由席はゆったりという変な現象が起こる。

昨日の台風の影響は茨城県南ではあまり影響が無く、朝には雨が上がっていた。でも台風の雨域が広く、北陸は昼頃まで雨が降っていたようだ。越後湯沢からほくほく線で帰ってきたが、いつもは川幅の二分の一くらいしか流れていない関川は、川幅一杯に流れが広がっていたので、上流の雨量は相当あったのだろう。

050727_2直江津駅に降りて改札をでたところで、遠くから祭り囃子が聞こえてきた。お祭り好きのきたきつねはお囃子の方に行ってみた。南口で地元の町内会の屋台を子供達が引いていた。そういえば今日も上越祭りが続いていたのだった。各町内が屋台を引いていて、屋台優先なので所々で車を止められてしまった。

昨日予定されていた花火大会は、風雨と川の増水で30日に延期になったそうだ。柏崎は実施したらしい。何もなければ行ってみようと思う。そういえば、御神輿が高田から直江津に船で川を下って戻るというのも昨日だったのだけれど、川の増水で無理だったのだろうか。

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2005/07/26

さようなら杉浦日向子さん

台風7号が上陸かと思ったが、房総半島の沖を北に抜けていくようだ。太平洋高気圧が弱いので、通常だと九州の西で大陸方向に向かうはずの台風が関東地方上陸かと思うようなコースになる。去年も、早い時期から台風が本州を直撃しているから、今年も同じになるかもしれない。

朝刊に、元漫画家で江戸時代人の杉浦日向子さんが、22日に癌で亡くなっていたという訃報がでていた。NHKの「お江戸でござる」の時代考証の解説する役ででていたときによく見ていた。46歳というのは若すぎる。江戸風俗研究家というよりも江戸時代人と呼んでさしあげたい。

三十四歳と非常に早い時期に漫画家を引退してしまった。けれど、江戸時代は早い時期に隠居して好きなことをする人が多かったから、それに習ったのかもしれない。漫画を見ていたが、早い時期から老成した目を持っていたように感じていた。ご冥福を祈りたい。合掌。

一日会議三昧で、集中力が消えそうになるころに終わってくれたので、よかった。

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2005/07/25

特急「はくたか」

050725直江津からほくほく線経由の特急「はくたか」に乗って一路東京を目指した。「はくたか」は、130kmくらいの速度を出すので、在来線の特急に比べると実に早い。単線のほくほく線を、もすごい勢いで進んでいく。

ほくほく線はトンネルが多いのであまり好きではないけれど、二時間半ほどで東京駅に着くというのは、急いでいるときにありがたい。でも、ゆっくり時間があるときには、信越線で景色を見ながらの旅が良い。

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2005/07/24

祭りだ祭りだ

050724表が賑やかなので、窓から外を見ると御神輿が練り歩いていた。デジカメを持って追いかけてみた。通りの家々の前でご祝儀をもって御神輿を待っていて、世話人にご祝儀を渡すと威勢良くワッショイ、ワッショイを御輿を練ってくれる。

近所の神社の御輿で、それほど立派ではないが、お祭りはこうじゃなくてはいけない。先導は軽トラックの荷台にお囃子を載せていた。太鼓だけのお囃子で、昨日も別の町内のお囃子を見たけれど、太鼓だけだった。江戸囃子のように、太鼓の他に、笛、鉦があった方が威勢がよいけれど、太鼓だけというのも風情があるかも。


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夏の水仕事

今日は地蔵盆。お地蔵様の前に花が飾られているだろうか。

朝起きて、洗濯をして(全自動だけれど)、朝食を用意して、後かたづけをしたが、夏場の水仕事は気持ちが良い。濡れた洗濯物を干すときや、洗い物をするとき水道の蛇口からでてくる水に触れるのが心地よい。もっと洗うものがないかと思うけれど、それほどあるわけもないからつまらない。

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2005/07/23

花火大会

050723_9今日は全国90カ所以上で花火大会があるらしい。梅雨明けの最初の土曜日ということで、もう雨も降らないだろうということでこの日を選んだのだろう。

上越まつりの前夜祭の花火大会は、プログラムが各戸に配られるほど力が入っているので、期待して出かけた。中央橋の上流で打ち上げるというので、大分近くにいったつもりだったが、一番大きい花火が8号ということだし、1000発に満たない規模だったので、まあまあというところだった。

東京港大花火や土浦の花火をみているので、あれを花火大会とするならば、花火会くらいだろう。提供者の名前を読み上げながら打ち上げるので、間延びしているし、のどかなものだ。でも、風がなく暑くもなかったので、夕涼みにはちょうどよかった。


来週の火曜日には、直江津と柏崎の花火大会があるらしい、あちらの方は打ち上げる数も桁違いらしい。

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梅雨明け

050723_4越後高田のメインストリートにでて歩いてみたが、夏休みに入ったし、今日から27日まで続く上越祭りのはずなのに、人通りが相変わらず閑散としている。商店は開いているけれど深い眠りについているようだ。高田駅前から高田城址に向かって歩いていて空を見上げると夏の雲だ。今日から梅雨明けになったのではないだろうか。蝉が異様に元気だし、日差しが強い。空気が乾燥しているためか、それほど暑い感じはしない。

050723_5桐の木に花が咲いていた。その花に、大きな黒いものが動いていた。よく見ると「クマバチ」が密を吸っていた。実に大きい。雄だと顔に黄色い三角模様があるので、顔を見たかったけれど、見せてくれなかった。きっと恥ずかしがり屋のお嬢さんなのかもしれない。

050723_6ようやくニイニイゼミの撮影に成功した。こいつは本当に目立たないし、結構シャイなのでクローズアップが難しい。2頭いた内の一頭はカメラを構えた瞬間にいなくなったが、一頭は残って大人しくしてくれた。


050723_8高田城のお堀は、蓮の花が咲き始めていた。コシアキトンボや?ヤンマが縄張りの巡回飛行をしていた。三重櫓の横を通って極楽橋を渡りながら堀の中を見ると、大きな亀が堀の縁で甲羅干しをしていた。30cm近くあるようなミシシッピーアカミミガメと、20cmくらいのクサガメがいた。30cmくらいのブラックバスが3匹岸寄りにいたが、きたきつねに気が付いたようで、さっと姿を隠した。


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奥州街道を歩く

050723_1今日は大暑で、暦の上では一番暑い日ということだったが、湿度が低く過ごしやすい一日だった。

越後高田の街の中を通っている奥州街道を北国街道との分かれ道まで歩いてみた。関川にかかる稲田橋の西詰から旧道の奥州街道に入ると、静かな佇まいの雁木の通りにでた。稲田橋のところには「稲田口番所」があったということだ。道沿いの家々は、仕舞た屋風の家が多いが、古い商店、宿屋など昔は賑やかだったことがよくわかる。雁木の下は段差があるが、日陰になっていて、炎天下を歩くことがなくてよいものだった。

今は人通りもまれな風情で、上越大通りにでるまで数人の人としか会わなかった。城下町に入る場所なので、城下の防備のために道が直角に曲がったり、交差点が食い違っているところが何カ所もあった。土浦でも旧水戸街道を歩いたときに、城下の入り口で直角になっているところがあった。敵の軍勢の動きをコントロールしたのだろう。

050723_2古い家並みの何カ所かで、建物が怖さrて空き地になっている場所があって、建物の断面が見えている。京都の町屋と同じような構造で、間口は狭いけれど、奥行きがあって、表が店舗になっていて、奥や二階が住居になっている。表の入り口を入ると、右側が奥に抜けることのできる通路がある。

屋根が道に向かって傾斜があるので、道の両側の屋根に積もった雪を、中央の道に落とすことになる。昔は、トラックなど大量に雪を運ぶ手段がないので、道にどんどん雪が積み上がってしまった。それで、通路を確保するために雁木というものが発達したのだろう。道路を占有することの代償措置として、各家が土地を提供せざるを得なかったのだろう。

050723_3旧街道の途中に「直江八幡宮」があった。由来の碑があったが、風化して文字がよく読めないが、延喜式の式内神社のようで、随分と歴史があるのではないかと思う。「直江」とあるから、昔は直江の湊があった、今の直江津あたりにあったのではと想像している。何かのきっかけで、越後高田に遷座したのではないだろうか。


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2005/07/22

マッサージいかがですか

昨日は、昔努めていた人が春の叙勲を受けたので、祝賀会があった。参加者20名ほどのこぢんまりした会で、和気藹々とした雰囲気で終わった。きたきつねとは一度も同じ職場になったことはないけれど、つきあいのよいきたきつねだから、会費要員ということだ。

折角ということで、二次会に行くことにして、越後高田の歓楽街の仲町に繰り出した。金曜日というのに、これがまた人通りがちらほらで、タクシーの方が多いのではないかという寂しい通りを歩いていると、フィリピン女性が「マッサージいかがですか」と声をかけてきた。見回すと、所々に外国人の女性が客引きをしている。

知り合いの行きつけのスナックに入って、聞くと往年の賑わいはなくなってしまっているらしい。久しぶりにカラオケを歌ったら、喉が痛くなってしまった。

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2005/07/21

カラスが鳴くから帰ろ

050721昨日は帰りが遅かったので、ようやくラジオ体操の時間に起きることができた。このところ毎朝ラジオ体操をすることにしているのだ。「新しい朝が来た・・・・」のラジオ体操の歌は、ちゃんと覚えていた。

仕事は片づけても、片づけても次々とでてくるものだ。その間に明日の祝賀会の挨拶の原稿を作った。決まり文句なのだけれど、挨拶が苦手で、さらに呆けてきたきたきつねは、このところ原稿を用意することにしている。かっこ付けて原稿なしで出て行って、何を言っているのかわからなくような挨拶はみっともないこと甚だしい。でも、挨拶が上手な人は、とつぜん指名されてもすらすらとあたかも原稿を読んでいるように話ができるのでうらやましい。

机の上を片づけて表に出たら、頭の上をハシボソガラスの群れが北西方向に向かって飛んでいった。日没前に塒に帰ろうと一生懸命はばたいていた。いつもはもう少し早く帰っているので、気が付かなかった。春日山方向に塒があるのだろう。

帰って郵便受けをのぞくと。送り元が書いていない手紙が入っていた。ちょっと太めで何か入っているようで、まさか爆弾?。切手の消印が「北海道大学前」とあったし、宛名書きを見ると見たことのある字でちょっと安心した。封を切ると、便箋、写真、プチプチに包まれた何かがでてきた。そういえば娘が知床に行ってお土産を買ったといっていた。

手紙には、留辺蘂という地名の「蘂」という字は、他には全く使われていないのに、地名があったために常用漢字に入ったという話が延々と書いてあった。天気が良くて、「霧の摩周湖」の霧が無かったそうだ。旅行は面白かったようだ。お土産は、イチイのキタキツネとシマフクロウの箸置きだった。きたきつねがフクロウ好きを知っているのはバードウォッチャーになり損ねた娘らしい。イチイというのは北海道では「オンコ」といって、赤い実のなる松の仲間で、用材として木肌がきれいで好きな木だ。

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2005/07/19

ツバメの二番子

三日も休むと、久しぶりに仕事場にいったような気がする。いつものようにバタバタで一日が終わった。

帰り道の雁木の下でツバメが今期二回目の子育てを始めていた。まだ、ヒナが生まれたばかりのようで、餌をねだる声が聞こえない。今年は、比較的天候がよく虫の発生も多いのだろう。

Webで頼んでいた外山滋比古「文具百話」が古本屋から届いた。文具についての話は二十四話しかないのに百話というのは羊頭狗肉だろう。まあ、百話というのは沢山という意味で使っているというふうに善意に解釈しておくことにしよう。

同じ本に収載の「百味雑記」というのも二十五記しかない。こんなところでつっこみをいれてもしようがないか。

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2005/07/18

鷹羽温泉

050718今日は上越市牧区(旧牧村)の鷹羽温泉にいってきた。鷹羽鉱泉は、牧区宇津俣の奥の奥、もう尾根を越えると長野という山の中にある露天風呂で、夏の間しか営業していないらしい。入湯料500円払って小さな脱衣所で裸になって外に出ると、硫化水素の白濁したお湯の露天風呂があった。一応男女は別れているが、女性風呂にはお湯がないので、混浴になるのだろう。

山の上なので、景色を見ながらゆったりとお湯につかっていた。鉱泉なので沸かしているが、燃料にこのあたりででる天然ガスをつかっているということだ。鉱泉の沸かし湯だけれど、旧温泉法の鉱泉ではないという。浴槽はきれいに洗ってあるので、燕温泉の野天風呂のような沈殿物がまき上がることはなかった。

地元の人が数人入っていて、話をしながらゆっくりしたので、のぼせてしまった。体が温まって、汗がどんどん出るのがいい。ここも、洗い場も上がり湯もないので、タオルだけでなく体も硫化水素臭が残った。

050718_2温泉に向かう途中、宮口古墳群という標識があったので、寄ってみた。円墳が20基ほど並んでいる。7世紀ころに大きな勢力がいたのだろう。古墳群の近くに民俗資料館があったので、入ってみた。またしても本日第一番目の入場者のようだった。一階は、古墳群の発掘資料が展示されていた。なかなかすばらしい展示品だった。

旧牧村は大昔から、石油と天然ガスがでたらしく、燃える水と接着剤としてのアスファルトを産出していたのだろう。アスファルトでコーティングしたガラスビーズが展示されていた。アスファルトは石斧を木の柄に固定するための接着剤として交易品として珍重されたのだろう。ここで使われていた黒曜石は長野の和田峠産のものらしい。

050718_3二階は、この地域の農具、生活具などと石油関連の展示になっていた。各地に民俗資料館があるが、管理が悪く展示品がボロボロになっているところも多いが、ここは非常に保存状態がよい。昭和四〇年くらいまでは現役だったろうという道具類があって、興味深かった。

昭和四〇年代後半に、農業の形態が急速に変化したのと、農家が新しい住宅を建て始めて、納屋に眠っていた農具や生活具が廃棄されるようになって、それを保存するために各地で民俗資料館が建設された。ちゃんと維持管理をしている資料館と、勢いで作ってしまって、建設当時のままに放置して荒廃にまかせているところに分かれているようだ。

この資料館は非常に良い方に入ると思う。展示物で興味を引いたのは、牛と馬の草鞋だった。牛と馬の蹄の形が違うので、ちゃんと草鞋も違っていた。馬は奇蹄類なので、蹄を包み込むようになっているし、牛は偶蹄類なので、人の草鞋のように蹄の割れたところに鼻緒で固定できるようなっている。このような草鞋は初めて見た。

050718_4温泉からの帰り道、人の気配がないけれど、棚田がきれいに管理されている。ふと反対側をみると、耕作放棄された棚田があった。雑草が茂っている。まだ木が生えていないので、放棄されて数年なのだろう。


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2005/07/17

名所巡り その一

050717時間に余裕のある土日は、地元の名所旧跡を回ることにした。洗濯をしてから、手始めに池部にある「前島密記念館」に行ってみた。郵政公社の逓信博物館の分館になっているらしい。外観はきれいになっているが、昭和六年に建てた建物をリニューアルしたようだ。

名簿を記帳して中に入ったが、今日はきたきつねが第一号の入館者のようだ。前島密というひとは、日本の郵便制度を作ったということは知っていたが、農家生まれで、七歳から医者になるために勉強を始め、そのうち砲術、航海術、測量、通訳などいろいろなことをして幕臣になって、明治維新になると政府の役人になって、どんどん出世して男爵になってしまったというすごい人だった。

それにしても年表をみると、名前を変えたり、養子になって名前が変わったり、一年に幾つも仕事を変わったり、辞令をもらったりと忙しい。展示物を見ると、前島密は、几帳面なひとのようで、辞令や、手紙をきちんととっているのに驚いた。展示の説明は重複が多いが、非常に面白かった。

ひとりぼっちで見ていたが、帰ろうとして表に出ると四、五人ひとが入ってきた。それにしても人通りのない本当に田舎だ。道を挟んで向かいに、鄙にも希な立派な前島記念池部郵便局があったが、滅多に利用者がいないのではないだろうか。

050717_2続いて、上越といえば上杉謙信ということで、「春日山城址」に行ってみることにした。駐車場に車を止めて、まず石段を登って春日山神社に参拝して、おみくじを引いてみた。大吉とあって、「おもうがままになる運です。短気をいましめて身をつつしみ、何事も心静かに他人とよくよく相談して事をなさい。すべて心のままになるでしょう」とあった。また、争事に「自己を戒めよ 勝つ」とあり、これは非常にうれしいことだ。

050717_3本丸を目指して山道を登っていくと、小さい子をつれた親子が沢山降りてきた。遠足だろうか。自然の地形を生かしながら、堀や土塁を作り難攻不落の山城に作り上げたのがよく分かる。当時は沢山の建物が建っていて、人も沢山暮らしていたのだろう。

標高185mくらいの、山頂付近に本丸があって、目の前に日本海の直江津港から内陸の水田が広がる上越市が一望できる。空気中の水蒸気が多いので、見通しは悪く、デジカメで撮った市街地はかすんでしまっていたので、画像処理でカスミをはずしてみた。きたきつねのねぐらが写っていた。

050717_4帰ろうとして方向音痴のきたきつねらしく道を間違ってしまった。仕方がないので、標識にある「五智国分寺」に行くことにした。細い道を進むと、国分寺に到着した。山門、三重塔がある静かな佇まいのお寺で、本尊の大日如来を拝ませてもらった。

050717_5境内には「薬欄にいづれの花をくさ枕」の芭蕉の句碑があった。上越は親鸞聖人配流の地ということで、ゆかりの場所が多いようだが、この国分寺で暮らしていたようだ。親鸞聖人が腰掛けた岩や石に残る足跡などがあった。せっかくなので、岩に腰掛けてみた。腰痛が治ると良いのだが、そんなことはないだろう。それよりも石の上に残るわらじの足跡を残すというのは、いくら親鸞聖人といえども不可能だろう。

帰りに山門のところで、椅子に座ってアイスを食べている茶店のおばちゃん三人に捕まった。風が通って涼しいから休んで行きなさいというので、ちょっと涼むことにした。確かに良い風が山門を抜けていく。「こんなに暑いと人が来ないので、商売もあがったり」ということらしい。

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2005/07/16

燕温泉

050716今日は午後から妙高の登山口にある燕温泉スキー場内の野天風呂「黄金の湯」に行ってきた。本当に道端にある野天の温泉で、かすかに硫黄の臭いのする非常にいい湯だった。温泉の入り口にある駐車場の標高が1150mという標識があったので、温泉は1200m位だろう。もう一カ所野天風呂「河原の湯」があるらしいが、吊り橋が落ちて今は行けないらしい。

一応脱衣所があるし、男女別になっていた。昔は数人はいれば満員になるような小さな浴槽で、混浴だったらしい。岩でできた浴槽の中のお湯は、白濁していて、中に入ると湯ノ花と黒い硫化金属の沈殿物が舞い上がる。本当に野天なので、上がり湯も洗い場もないけれど、野趣満点だ。冬に来ると降り積もった雪の筒の中にある風呂に入ることができるだろう。北海道のニセコの五色温泉の露天風呂のように周りの壁になった雪を手で掻きいれて温度を調節しながら入るのも楽しいものだろう。

頸椎のヘルニアで血行が悪いので、最初湯温は低く感じたけれど、体が温まってくるとだんだんと熱く感じるようになった。汗が出てきて、気持ちがよかった。

最初は、4人ほどだったけれど、妙高登山から下山して来る人たちが、入ってくるので混雑してきた。下の温泉宿の宿泊客も入りに来るようだ。

イワツバメの群生地なので燕というらしいが、それほど沢山イワツバメは見ることができなかった、でも駐車場に降りるところで、ハチクマが飛んでいるのを見ることができた。

燕温泉は、下の関川温泉と並んで上杉謙信公の隠し湯らしいが、昔は本当に秘湯だったと思う。今は道もそれほど悪くないし、四十分ほどで来ることができるので、またでかけることにしよう。

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2005/07/15

阿吽

050715散歩で近くの神社に行ってみた。小さな神社だけれど、大きなケヤキとイチョウがあって、境内はきれいにされていた。地元が大事に管理しているのだろう。

立派な狛犬があって、阿形の台座に彫られた文字を見ると、昭和12年の日支事変の出征記念に作られたようだ。今から68年前に作られたものだ。

狛犬の顔はバラエティーに富んでいるので、各地の神社の狛犬をコレクションするのも面白いかもしれない。

050715_2

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2005/07/13

紫陽花の七変化

050713紫陽花の花を撮ろうと思っていたが、なかなか良い感じのものがなかった。紫陽花というと梅雨ということになる。それぞれの咲いている場所で色が違っているのが、良い。

昔NHKのみんなの歌で「赤いアジサイ青くする・・・・」というような歌があったような気がする。終わりが「・・・・てんてんてんてん手のひらに滴跳ねる」といったと思う。

土の酸性、アルカリ性で色が変わると覚えていたが、本当は根がアルミニウム吸い上げる量で色が変わるという。土の中のアルミニウムは酸性で溶けやすく、アルミが吸い上げられると青くなるということだ。

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2005/07/12

ムクドリのごちそう

050712散歩していたら頭の上でムクドリがうるさい。ふと見上げると、ヤマモモが沢山実を着けていた。下を見ると、熟して赤黒くなった実が沢山落ちていた。

鳥たちは、一個ずつ取っては、空中に放り投げるような仕草でヤマモモの実を飲み込んでいる。それほどおいしいと思わないけれど、ムクドリやヒヨドリは競って食べている。実に嬉しそうだ。

ジャムや果実酒にするとおいしいけれど、散歩の途中だし、よその家の庭の木から実を失敬する訳にもいかないだろう。ヤマモモは雄の木と雌の木があって、残念なことに家の前のヤマモモは雄の木で実はならない。

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2005/07/11

キノコ

050711朝の散歩の収穫。木の根本に小さなキノコが生えていた。名前は分からないが、雨が急に降り続いて、ちょっと気温が下がった感じで慌てて出てきたのだろう。食べられるのだろうか。

050711_2だいたいキノコは、虫が着いて直ぐボロボロになってしまう。虫が食べているところを見たことがないけれど、どんな虫が食べるのだろう。

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2005/07/10

ダンゴムシの交尾

050710朝起きて見ると昨夜の雨が上がって、日が出ていた。散歩に出かけようと表に出ると、干しておいた傘の柄の先に、キリギリスの雌がとまっていた。静かに近づいてパチリと撮らせてもらった。

散歩道の途中でノシメトンボがアオスジアゲハが飛んでいた。木の上でシジュウカラが「ツピー ツピー」とさえずっていたが、お嫁さんが見つからなかったのだろうか。

050710_2桜の幹でダンゴムシが交尾していた。「ちょっと待て!昼間からなにをする」といいたいところだけれど、だれも気が付かないだろう。

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2005/07/09

串田孫一死す

ネットニュースを見ていたら、串田孫一さんの訃報がでていた。八十九歳で老衰ということだった。串田孫一さんエッセイを通してしかしらない。特に「文具五十話」という随筆集は、文房具好きのきたきつねにとっては印象に残るものだった。この本は、今は、ちくま文庫から「文具56話」として発売されている。


きたきつねには、よくわからないおじさんという印象だ。何があったのか知らないけれど、東京外語大学の教授を四十九歳の若さで辞職して、山登りと自然の随筆を書いて暮らしてきたというのが、よく分からない。きたきつのような凡夫にはわからない。

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国際 文具・紙製品展

050709一年に一度の文房具のビックイベント「国際 文具・紙製品展」が東京ビックサイトで開催されているので、こぎつねと一緒に早起きしてでかけた。

今年から「東京国際ブックフェア」が同時開催ということもあって、10時半頃に到着したが大分混雑していた。昨年から全文連が抜けてしまったので、三菱、パイロット、コクヨなどの大手メーカーが抜けてしまったので寂しい。ヨーロッパのメーカーがほとんどなかったけれど、アジアのメーカーが色とりどりの文房具を持ってきていたが、ちょっと物足りない感じだった。

何人かの知り合いと待ち合わせして、沢山ある新製品の中でどれだけ残るのだろうかと思いながら会場を巡った。

数年前に本を出したときに担当してくれた編集者が来ているというので、「東京国際ブックフェア」に行ってみた。こちらは新刊本が2割引くらいで買えるというので、会場は混雑していて前進するのが大変だった。洋書とCDのバーゲンコーナーでちょっと本を探してみたが、自然科学系はすくなくて欲しいものはなかった。

「国際 文具・紙製品展」の会場に戻って、最終日の4時過ぎから始まる中国メーカーの投げ売りをチェックして、幾つか面白そうなものをピックアップして購入した。日本では売っていない、四角い芯のシャープペンシルとか、グリップが光るボールペンなどを手に入れた。

時間になったので、全国から集まった文房具仲間とオフ会の会場に向かった。恒例になっている水上バスに乗って日の出桟橋に向かった。水上バスを待っている間に雨が降り始めてしまった。外に出ることができないのが残念だった。日の出桟橋に、漫画「ワンピース」にでてくる「ゴーイングメリー号」が停泊していて、子供達が雨の中で記念写真を撮ってもらっていた。フジテレビが開催する夏休みのイベント「お台場冒険王2005」という夏休みのイベントで水上バスととして就航するようだ。日の出からゆりかもめで会場のある新橋でむかった。

会場で話に花が咲いた頃、恒例になっている持ち寄り文具を巡ってのジャンケン大会が始まった。文房具ファンの持ってくるものなのでレアな文具があって、それを巡ってみんな熱くなってジャンケンに燃えた。宴会終了後、若い人たちは喫茶店で文房具談義をするということだったが、年寄りは帰ることにして、心地よい疲れを感じながら帰宅した。

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2005/07/08

メガライナー

050708人と会う約束があったので、つくばから高速バスで東京に出た。バス停で待っていると、乗る予定の予定のバスは満席で次のバスに乗ることになった。次のバスというのが、東京−つくばセンターで運行している二階建ての「メガライナー」という大きなバスだった。このバスは、図体がでかい割には、客席は狭く、乗り心地が悪いので、いつもはパスしている。本当は、乗りたくなかったが、時間がないので仕方がない。

二階席の窓側に座って、本を読む元気もなかったので、窓の外を見ていた。いつものバスと違って目の位置が高いので、フェンスの外が見える。見上げていた首都高の防音壁を上から見るとちょっと変わった形をしている。

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2005/07/07

七夕

今日は新暦の七夕だけれど、旧暦では六月二日だから無理がある。旧暦の七月七日の七夕は、今年は新暦の八月十一日になる。季節的に無理があるので、伝統行事は旧暦で行うのがいいと思う。

三十年くらい前に神奈川県平塚に住んでいたことがあって、新暦七月七日に盛大な七夕祭りが行われていた。街のメインストリートが七夕飾りで埋め尽くされて、それはすばらしかった。はじめて見たときには、その迫力に本当に驚いた。仙台の七夕まつりも行ったことがあるが、月遅れの八月七日で、これも一番町のアーケードが七夕飾りで埋まって、言葉も出ないほどすばらしかった。平塚、仙台のどちらも日本で一,二を争う七夕祭りだと思う。

土浦も七夕まつりをしているが、これがもうしょぼくれた飾りで、拍子抜けも甚だしい。土浦駅前の商店街の退潮を象徴しているようだ。

金土と東京で予定が入っているので、仕事を終えて直ぐに車でつくばに帰った。高速道路はがらがらで、スムースに走ることができて、三時間半強で帰り着くことができた。

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2005/07/06

小ば金

050706新聞に漫画家の永島慎二さんが六月十日に心不全で亡くなっていたことがでていた。また私の青春の思い出が消えてしまった。きたきつねが学生時代だから、永島さんは三十代で脂がのりきっていた時代、「ガロ」、「COM」といった漫画誌の漫画をみていた。微妙に優しい線で、内容は優しいのに、何となく突き放した感じがする雰囲気がしたものだ。

玄関のドアノブにクロネコメール便のポリ袋が下がっていた。中には新人物往来社から出たばかりの「小ば金 冬青山房雑記」という本が入っていた。きたきつねの敬愛する先輩のひとり小林金三さんの書かれた自伝エッセイ集だ。だから書名が小林金三さんの通称「小ば金」になっているということだ。小ば金さんは、本を出すたびに贈って下さる。とても嬉しい。

小ば金さんは、きたきつねが苦学生で、働きながら大学に通っていた頃の、心の支援者の一人だった。あの時期、すばらしい人々に出会っていなければ、今とは違う人生を歩んでいたかもしれない。偶然死んだ父の旧制中学校の後輩ということもあって、随分かわいがって貰った。よく考えてみると、いまのきたきつねと同じくらい年齢だったのだろう。今のきたきつねに同じことができるかどうかといわれると分からない。

十八年前、転勤で札幌を離れるときに、家族をハルピン料理のお店に招待してくれて、送別会をしてくださったことを思い出した。

小ば金さんは、満州国の国立大学だった「建国大学」の数少ない卒業生で、数年前「白塔 満州国建国大学」という小説を上梓されている。建国大学についても貴重な資料だろう。今も手元に持ってきている。


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2005/07/05

篤農家の投書

廊下を歩いていたら古新聞が積んであって、ふと見てみると一番上に読者投書欄のページが表になっていて、遺伝子組み換えという文字があったので、拾って部屋に持ってきた。

7月1日付けの新潟日報という地方紙だった。七十九歳の有機農家が、遺伝子組み換えの勉強をしていて、最近反対運動があるけれど、遺伝子組み換え作物は海外で栽培されているし安全性も分かっているのだから使うべきという論旨だった。ただ最後に自分でもDNA工学で作られた病害虫に強い稲を栽培しているということで結んであった。

DNA工学で作られた病害虫に強い稲というのが不思議だったので、知り合いに聞いてみると、よく分からないという。遺伝子組み換えの稲はまだどこにも無いはずだし、どんな稲だろうか。インターネットで検索したら、細胞融合、プロトプラスト、細胞選抜などというバイテク育種技術があるらしい。

それにしても、七十九歳で遺伝子工学の本を買ってきて勉強するという好奇心と学習意欲はすばらしい。見習いたいものだ。日本の農業はこの農家のような篤農家がリードしてきたのだろう。

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ニイニイゼミが鳴いた

050705今日は雨が降りそうもなく、それほど暑くなかったので、窓を開けていた。十時過ぎに、蝉が鳴き始めた。「チー」というニイニイゼミの声だった。夏が来たという感じがする。暗くなっても鳴いている。昨日まで全く鳴き声が聞こえなかったから、今日が初鳴きということになる。

日曜日にジャスコで一本97円で買ってきたサントリーの「天然水」のおまけを開けてみたら、「カワセミ」と「アオバズク」のフィギュアが出てきた。カワセミは、水中から魚を捕まえて飛び上がる瞬間になっている。ちゃんと水面に水滴が落ちてできる水のふくらみも表現されている。アオバズクは、三羽の巣立ちビナで、真ん中の鳥が頭をくるりと回しているという凝りようだ。小さいけれど、見ていて飽きない。

野鳥は残り「ヤマセミ」と「カッコウとオオヨシキリ」の二種類だけれど、そんなに水を飲むわけにいかないので、誰かがダブルのを待つことにしよう。

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2005/07/04

赤文字系

雑誌を読んでいたら「赤文字系」という言葉がでてきた。何かと思って読み進んでいたら、CanCanとかNonNoといったタイトルの文字に赤を多用する女性誌のことだと書いてあった。

二十代前半の若者は、自分の意志でものを買わなくて、赤文字系の女性誌の、「モテ服」、「マストバイ」、「ズバリ」、「絶対これがくる」という情報で買いに来るらしい。自分で判断しないでビトンとかエルメスなどのブランドでものを買うことと同じかもしれない。

この雑誌に寄れば、購買行動が年代によって異なっているらしい。

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裸の泉田知事

今日の日中、強い雨が降った。窓に当たる雨粒の音がバチ、バチと聞こえるくらいだった。梅雨前線が活発で、局地的に強い雨が降るのが特徴のようだ。

新聞を読んでいたら、新潟県の泉田知事の話がでていた、事務方とあまり上手くいっていないようだ。日本一若い知事らしいけれど、気負いすぎのようだ。通産官僚だったので、役人のモーチベーションが分かっているはずなのに、頭が良すぎて人の話を聞けない、結論を直ぐ求めるので、事務方が説明しづらいことはあげないので、情報不足になっている。それで、疑心暗鬼になって、ネガティブな情報が入ってくると、すぐ犯人捜しをするようだ。

そんなことをしたら、なおさら情報が入ってこなくなる。特に、一番大事なネガティブ情報がなくなって、知事にとって気に入ってもらえそうな情報しか残らない。難しい局面を乗り越えなければならないときに、大変になるだろう。頭が良すぎて、苦労していない人間が陥りやすいパターンそのままだ。

改革に燃えているようだけれど、耳障りの良くない情報をいかに事務方に、気楽に持ってこさせるか、これからの知事の力量が問われるだろう。まだ十ヶ月しか経っていないのに、残り三年二ヶ月持つのだろうか。

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2005/07/03

また大雨?

昨日ホタルを待っていたときに、冷えたためか腰と首の調子が悪い。首が痛いので無理をしないように、八時半くらいまで布団の中で大人しくしていた。コルセットをして食料品を買いに行って、昼過ぎまで横になっていた。

午後になって大分良くなったので、ちょっと鳥を見に行ってきた。帰って来て、ラジオを聞いていると、柿崎、柏崎方面で大雨。雷注意報がでていた。東京電力の雨量・雷観測情報を見ると、確かに強い雨が降って雷雲があった。これこそ三階節にある「米山さんから雲が出た・・・・ぴっかたしゃっから、どんがらりんと音がする」かな。

上越方面は注意報がでていたが、雨も降らず、遠くで雷鳴がするくらいだった。今晩から朝にかけて雷と雨が降るらしいけれど、注意が必要だろう。

マックの雑誌の「Mac Fan」を見ていると、やはりCPUのインテル移行の話が特集だった。きたきつねのようにレガシーなOS9や8.1を使っているMac Fanは時代遅れになっていくのだろう。それにしても、これから出てくるゲームマシンは、三社ともPowerPCを使うらしいのに、IBMは数量がでないMacとは付き合えないということだろうか。

PentiumMを使って小さくて、9時間くらい使えるiBookdがでてくるといいけれど、2006年にどんなMacがでてくるか待つことにしよう。

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アオバズクの夫婦

050703朝起きて窓の外を見ると、ツバメが鳴きながら二十羽くらい飛び回っていて。ベランダに出てみると、チョウゲンボウがいた。巣立ちビナがいるので、ツバメが総出でチョウゲンボウにモビングしていたのだった。

アオバズクはどうなったかなと思って見に行くと、いつもと同じ場所に2羽とまっていた。前回行ったときは、一羽だったので、ヒナが孵ったのだろう。一羽が薄目を開けてこちらを見ていた。やはりカラスなどが来るので警戒しているのだろ。

夜の狩りを前に休息しているのだろう。近くを通りかかった親子に教えてあげた。夜になるとよく鳴いているけれど、見るのは初めてということだった。

050703_2よく見ると、左側のアオバズクが右足に黒く光るものを持っている。大きさからみるとカブトムシのようだ。不運なカブトムシが近くを通りかかったのだろうか。見ていたけれど、食べる出もなく、同じ姿勢で持ったままだった。邪魔しないように早々に退散した。

ササゴイのポイントに移動したが、アオサギも狩りをあきらめるくらい関川は流量が多いので、なにもいなかった。オオヨシキリの声が聞こえなかった。

050703_3帰り道、水田の畦の上にキジの雄がいた。縄張りを巡回しているのだろうか。

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2005/07/02

ゆきだるま温泉

050701昨日までの梅雨空がウソのような天気になった。各地に出されていた警報、注意報が全て解除となった。午前中は洗濯、掃除にして、午後から安塚区の「ゆきだるま温泉」に行くことにした。

国道405号、といっても所々細い道で、周囲は棚田ばかりで40キロ制限だけれど、制限速度以上出すのはちょっと無理といった道路を通って、安塚区に入った。途中、「ゆきだるま物産館」で手作りのクルミの入ったジェラートを食べて、「ゆきだるま温泉」に到着した。

温泉は、循環濾過、加温しているけれど、泉質が良かった。露天風呂にゆったりつかって、気が付くと一時間近く入っていた。洗い場のカランから砂が出てきたが、昨日までの雨で砂が流れ込んでいたのだろう。

館内の食堂で夕ご飯を食べることにした。メニューを見ると「木久蔵ラーメン」というのがあった。日テレの「笑点」で木久蔵師匠が「木久蔵ラーメン」といっていたが、売っているのを見たことが無いので、驚いたが食べる気にはならなかった。それにしても山の中で海鮮丼も何だし、石焼きビビンバを食べた。

せっかくここまで来たのだからと、ホタルで有名な大島区に行ってみることにした。案内書を見ると保倉川沿いにホタルが見られる場所が沢山あるということだ。

050701_2通行止めがあって迂回路を抜けたところに、「ほたる見台」という看板がでていた。近くの酒屋にいって聞いてみると、直ぐ近くということで、日暮れを待つことにした。

この地区では、「蛍の舞」というお酒を地区限定で売っていた。昔使っていた二升五合瓶にラベルを貼って置いてあった。なんでも倉庫から出てきたものらしい。瓶の口にはねじが切ってあって、ガラスの蓋がついていたらしい。

暗くなってきて、林の中でポツリ、ポツリと光り始めた。しばらくすると、沢山のホタルが舞い始めた。ゲンジボタルとヘイケボタルが混じっていて、とてもきれいだった。昨日は雨上がりに、大量のホタルがでたらしい。今年は雪解けが遅れたので、7月中旬まで見られるということだ。今年は沢山ホタルを見ることができて非常に満足だった。

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2005/07/01

利口なカラス

早朝から土砂降りの雨で目が覚めた。日中は太陽が照ってこれはいいと思っていたら、3時過ぎからまたものすごい雨が通り過ぎていった。明日もこんな天気だろうか。

オフィスの窓から外を見ていたら、ツバメの巣立ちビナをカラスが追いかけていた。飛ぶのがあまり上手ではないので、カラスのヒナの餌になってしまうのだろう。ツバメは、カラスに襲われないような場所を選んで巣を作るけれど、カラスは利口で、巣立ちビナが出てくるのを待っている。

カラスはこの時期、ヒナの餌にするために、よく小鳥の巣を襲ってヒナを連れ去るのを見ることがある。バードウォッチングの時に、鳥の巣を見つけたら注視しないように、目の隅で確認して、その場を直ぐに離れることにしている。それはカラスが、人の動きを見ていているからで、餌を探すのに人を利用するからだ。生きるというのはとても大変なことだ。

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