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2005/07/17

名所巡り その一

050717時間に余裕のある土日は、地元の名所旧跡を回ることにした。洗濯をしてから、手始めに池部にある「前島密記念館」に行ってみた。郵政公社の逓信博物館の分館になっているらしい。外観はきれいになっているが、昭和六年に建てた建物をリニューアルしたようだ。

名簿を記帳して中に入ったが、今日はきたきつねが第一号の入館者のようだ。前島密というひとは、日本の郵便制度を作ったということは知っていたが、農家生まれで、七歳から医者になるために勉強を始め、そのうち砲術、航海術、測量、通訳などいろいろなことをして幕臣になって、明治維新になると政府の役人になって、どんどん出世して男爵になってしまったというすごい人だった。

それにしても年表をみると、名前を変えたり、養子になって名前が変わったり、一年に幾つも仕事を変わったり、辞令をもらったりと忙しい。展示物を見ると、前島密は、几帳面なひとのようで、辞令や、手紙をきちんととっているのに驚いた。展示の説明は重複が多いが、非常に面白かった。

ひとりぼっちで見ていたが、帰ろうとして表に出ると四、五人ひとが入ってきた。それにしても人通りのない本当に田舎だ。道を挟んで向かいに、鄙にも希な立派な前島記念池部郵便局があったが、滅多に利用者がいないのではないだろうか。

050717_2続いて、上越といえば上杉謙信ということで、「春日山城址」に行ってみることにした。駐車場に車を止めて、まず石段を登って春日山神社に参拝して、おみくじを引いてみた。大吉とあって、「おもうがままになる運です。短気をいましめて身をつつしみ、何事も心静かに他人とよくよく相談して事をなさい。すべて心のままになるでしょう」とあった。また、争事に「自己を戒めよ 勝つ」とあり、これは非常にうれしいことだ。

050717_3本丸を目指して山道を登っていくと、小さい子をつれた親子が沢山降りてきた。遠足だろうか。自然の地形を生かしながら、堀や土塁を作り難攻不落の山城に作り上げたのがよく分かる。当時は沢山の建物が建っていて、人も沢山暮らしていたのだろう。

標高185mくらいの、山頂付近に本丸があって、目の前に日本海の直江津港から内陸の水田が広がる上越市が一望できる。空気中の水蒸気が多いので、見通しは悪く、デジカメで撮った市街地はかすんでしまっていたので、画像処理でカスミをはずしてみた。きたきつねのねぐらが写っていた。

050717_4帰ろうとして方向音痴のきたきつねらしく道を間違ってしまった。仕方がないので、標識にある「五智国分寺」に行くことにした。細い道を進むと、国分寺に到着した。山門、三重塔がある静かな佇まいのお寺で、本尊の大日如来を拝ませてもらった。

050717_5境内には「薬欄にいづれの花をくさ枕」の芭蕉の句碑があった。上越は親鸞聖人配流の地ということで、ゆかりの場所が多いようだが、この国分寺で暮らしていたようだ。親鸞聖人が腰掛けた岩や石に残る足跡などがあった。せっかくなので、岩に腰掛けてみた。腰痛が治ると良いのだが、そんなことはないだろう。それよりも石の上に残るわらじの足跡を残すというのは、いくら親鸞聖人といえども不可能だろう。

帰りに山門のところで、椅子に座ってアイスを食べている茶店のおばちゃん三人に捕まった。風が通って涼しいから休んで行きなさいというので、ちょっと涼むことにした。確かに良い風が山門を抜けていく。「こんなに暑いと人が来ないので、商売もあがったり」ということらしい。

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