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2005/10/30

音に会いたい

051030テレビが無い生活を続けているが、全く不便を感じない。あれば見てしまう程度のもののようだ。その代わり、ラジオをよく聞くようになった。ラジオは、目と手の邪魔にならないので、色々なことができるし、読書や作業に集中してしまえば音は聞こえなくなるからとてもいい。それと、音だけだと、色々と想像できるのでイマジネーションが広がって楽しいことも多い。

日曜日は、ラジオ体操の後に「音に会いたい」という番組がある。聴取者の色々な思い出の音をNHKのライブラリーから聞かせてくれるというものだ。今日は、「木炭トラック」、「ミシン」、「サーカスのジンタ」だった。

さすがに「木炭トラック」の音は聞いたことがないけれど、「ミシン」と「サーカスのジンタ」はしっかりと記憶に残っている。

「ダダダダ、ダ」というミシンの音は、窓際の明るい場所でおふくろが色々なものを作っていた風景が浮かび上がってくるようだ。おふくろはシンガーのミシンを大事にしていて、途中から電動に改造して使っていたが、死ぬまで使っていた。

子供の頃は既製服など高くて買えないので、洋服は全部おふくろの手作りだった。おふくろは器用なひとで、正式には習っていなかったと思うけれど、シャツやズボンなど雑誌を見て上手に作ってくれた。尋常高等小学校しかでていなかったので、手提げのイニシャルの「S」が裏文字になっていたりしていたが、人と違うちょっとモダンな洋服を着て学校に行くのが自慢だった。

リズミカルな音がと共に洋服ができあがっていくところをミシンの横で見るのが楽しかった。針が上下するだけで、布が縫えるのか不思議で仕方がなかった。そんなことを思っていると、おふくろの死んだ歳にどんどん近づいていく自分に気づいて感慨深いものがある。

「サーカスのジンタ」といえば、「聞けや人々面白き 此の天然の音楽を」ではじまる「美しき天然」が定番だろう。お祭り好きのきたきつねは、サーカスのこないお祭りでも、頭の中には「美しき天然」が流れているかもしれない。

小学生の頃、札幌神社のお祭りでは、市内を南北に流れる創成川の上に仮設の小屋が建ってサーカス、見せ物小屋などがずらっと並んだものだった。雑踏の中でもの悲しい音のはずれたジンタや呼び込みの声を聞きながら、人の間から見える見せ物の看板を見ては首をすくめたものだった。

子供の頃は、夕方遅くなると、「人さらいにさらわれてサーカスに売られるよ」としかられたものだから、サーカスや見せ物の人は子供の頃さらわれてきた可哀相な人だと思っていた。

いつ頃だっただろう、お祭りを見に行って、滅多に行けない札幌の丸井デパートの食堂で食事をして、お祭りだけのデザートのソフトクリームを待っているときに、サーカスの方向から煙が上がって、ヒラヒラとテントの破片が飛んでいるのが見えた。サーカスは火事になって、動物が逃げたというような話があったような気がする。それ以来、サーカスは創成川ではなく中島公園に移ってしまった。

インターネットで検索してみると、サーカスの火事は昭和34年6月15日だった。今の創成川の河畔はビルが建っていて、昔の面影は全くない。

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