踊る「食の安全」
松永和紀 『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』 家の光協会
某病院のICUに勤務している娘の友達の看護士の話だけれど、郡部の病院なので農薬自殺を図って運び込まれる人が時々いるらしい。それも農薬をコップ一杯も飲んで、フラフラの状態で来るらしい。でもほとんどの人が助かるそうだ。
この話を聞いて、一昔前にはスミチオンやパラチオンといった有機リン剤の農薬自殺は確実に死ねるはずではなかったのかと思いながら、数週間前に読み終えた本を思い出した。
松永和紀さんは、食の安全・安心という言葉に関心が高まるのはいいのだけれど、農薬の危険性ばかりが指摘されるのはどうかということで、単純な是非論や感覚的な危険論ではなく、持続可能な農業と食文化を守るために、科学的に農薬を理解しようということでこの本を書かれたようだ。
農薬の成り立ちから、現在の農薬の使われ方、本当に農薬は危険なのか、間違った情報のありかたなどについて、自分の目と足で調べたことについて書いている。
農薬に対する消費者の大きな誤解が作り出した神話が、ゆっくりと昔話になってゆくような気がする。
蚊取り線香の成分のように、昆虫には毒性を持つけれど、ほ乳類には影響がない農薬が開発されていたり、農薬も他の化学製品と同様に日進月歩の改良が進められて、急速に安全性が高まってきているので、冒頭の農薬で自殺できないということになってきている。もちろん、毒性の強い農薬がなくなったわけでなく、使い方の問題になってきているということだろう。
逆に、限られた農薬しか使えない有機農産物や減農薬・無農薬栽培の農産物は、残留農薬というリスクが低下した代わりに、農作物が生物として自己防衛で出す化学物質がアレルゲンの生成など他のリスクがあがっている可能性があることも否定できなくなっている。
国内の有機農産物の生産量は0.2%以下で、無農薬・減農薬農産物の生産量はきわめて少ない。農薬、農薬と騒ぐことで、差別化を図って自分達の生産物を高く売ろうとする一部の有機農家の陰謀さえ感じる。
一時大騒ぎになった「環境ホルモン」については、科学的な根拠がなくなってしまい、誰も言わなくなってしまったように、食の安全・安心は、消費者が正しい情報をどう取り入れて、判断する必要がある。この本は、そんなトレーニングに最適だろう。
著者の松永和紀さんは、毎日新聞の記者からサイエンスライターになった人で、農業や食品に関するコラムや記事を、文献や資料を非常によく調べて書いている。
日経のFOOD SCIENCEに連載中の『松永和紀のアグリ話』は、最新の話題を扱っていて非常に面白い。
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