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2007/12/15

産で死んだが三島のお仙

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風邪は、喉に来たようでガラガラ声に鼻声が重なってなんともスッキリしない。熱がないのが救いといったところだ。

昼過ぎから富士山の麓で用事があったので、約束していたので風邪をおして、新幹線「こだま」に乗って静岡県に向かった。自由席は予想通りガラガラで、西向きの窓側に座ることができた。そおいえば「こだま」に最後に乗ったのも随分昔のことになる。

昔住んでいた平塚を通過。昔住んでいた長屋は壊されたと聞いていたけれど、近いうちに一度訪ねてみたいと思った。小田原を過ぎると、ミカンとお茶の畑が目立つようになってきた。

車窓に雪に包まれた真っ白な富士山が現れた。強い西風が吹いているようで、山の東側に濃い雲ができていた。上空から見るとカルマン渦が見えることだろう。

車内で停車駅の案内があって、「三島」と聞こえたとたんに、頭の中にフウテンの寅さんの、啖呵で「産で死んだが三島のお仙」の文句が浮かんできた。寅さんが啖呵売で「物のはじまリが一ならば、 国の始まりは大和の国・・・」の中の数字の三にかけた啖呵だ。

三島から在来線に乗り換えて、富士から身延線に乗って目的地へ。富士の街は、製紙工場の独特の臭いがしていた。数分で臭いは感じなくなるけれど、毎日こんな臭いの中で暮らしている人たちは大変だろうな。

身延線というと圓生師匠の「豆腐え~、生揚げ、がんもどき」が落ちの「鰍沢」かと思いながら、ゆっくりした単線の旅を楽しんだ。駅を降りて富士山はと探すと、雲が出ていて見えないではないか。新幹線では見えていたのに、がっかりした。

071215_3 用事を済ませて、地ビールを少し飲んで、B級グルメ日本一の「富士宮焼きそば」食べて帰ってきた。太めの麺がモチモチして、麺にからんだ鰹節の香りが非常に良く、旨い。

このところ出かける時は、「鉄道乗り換え案内」に完全に依存している。ところが今回の
旅で、「鉄道乗り換え案内」が完璧ではないことが判った。

それは、東京から身延線への乗り換えが、「鉄道乗り換え案内」では新幹線で『新富士駅』まで行き、徒歩で23分かけて『富士駅』に行き身延線に乗るというものだった。行きはその通りにしたけれど、帰りのキップを買う時に、「新富士駅は歩く距離が長いし、キップも高いので、「ひかり」も停まる三島に出るほうがいいですよ」といわれて、三島経由にした。乗り継ぎもスムースで「鉄道乗り換え案内」の到着予定時間前に東京に着くことができた。確かに、新幹線料金を含め1000円以上安かった。確かに他にスムースに行ける方法があるのに、23分も歩くというのは、あまり現実的ではないと思う。

教訓は、便利だからといって安易に依存すると失敗するということで、やはり自分で時刻表などで確認することが必要なのだろう。

長崎の銃乱射事件は、自殺した犯人が見つかったけれど、真相は複雑になっていくようで、やはり奇妙な事件になってきた。きっと週刊新潮あたりが、来週号で解説してくれるのだろう。

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