四十数年振りの平安京
途中「十三」を通過した。十三の街には降りたことはないけれど、学生時代大阪から来た同級生が歌っていた猥歌に「十三のおねいちゃんと・・・」とかいった歌詞があったのを思い出した。歓楽街なのだろう。

奈良は、高校の修学旅行以来だから、四十数年振り。平常遷都1300年祭ということもあって駅前に大きな看板が出ていた。途中興福寺の東金堂の釈迦三尊を拝観して、博物館へ。

奈良といえば鹿と鹿の糞で、街の中の至る所にでてきていた。寺外で初公開の清水寺の奥院の秘仏「千手観音座像」、長谷寺の「千手観音立像」など、眼福。寺院にあるときには信仰の対象だけれど、博物館で展示されると文化財の美術品という落差を感じながら会場を出ると、外は夕立で、強い雨が降っていた。
時間があったので、雨の中東大寺の盧舎那仏に挨拶して帰ることにした。雨の中でも修学旅行も含め参拝者が沢山来ていた。記憶にある「奈良の大仏」はもっと大きかったような気がしたが、記憶よりも小さな感じだった。雨の中を歩く気がなくなったので、近鉄奈良駅までタクシーに乗ってしまった。
駅前に托鉢僧が立っていたので、タクシーのお釣りを喜捨。托鉢僧は、喜捨する人が珍しいようで、ビックリした顔をしていた。

近鉄特急に乗って京都駅に向かい、のぞみで東京に帰ってきた。近鉄の特急は全席指定で、指定席の番号の付け方がJRと違うのも面白い。

帰りの新幹線はグッドタイミングで、数本遅れていたら米原、岐阜羽島間の大雨にぶつかっていたかもしれない。
山手線で秋葉原駅を通過したときに、警察官が5人も集まって一人の男性を囲んで話をしていたが、何か事件だろうか。
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