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2012/08/07

新田次郎「小説に書けなかった自伝」

「八甲田山死の彷徨」で有名な新田次郎の「小説に書けなかった自伝 」を一気に読み終えた。

満州から引き上げてきて中央気象台(現気象庁)に勤めながら、36歳から理科の教科書の執筆のアルバイトから、流行小説家になるまでの赤裸々な自伝で、二足の草鞋を20年近く続けていたとは知らなかった。

専門学校出の気象台の技師として、東京帝国大学理学部と理学博士にコンプレックスを持ちながら、万年課長補佐から、測器課長となり富士山頂レーダーの建設を成し遂げる職業人としての顔も非常に人間的で、興味深い。

「私は、この人ならと思う人にはどこまでも従いて行けるが、ひとたび嫌いな奴だと思ったらなんとしても妥協できなかった」というところが、きたきつねと同じで、共感できた。

著者は、気象庁を退職する前に苦悩して、不眠になっているけれど、きたきつねは定年だったからなのか、全く自然に受け入れることができた。

それにしても、ここまで書いていいものだろうかと思うくらいはっきりと書いていて、作家というのは私生活も全て作品に反映させるものだろうか。

小説家としてのは、努力の人で、多くの連載を持ち毎日原稿用紙を5枚書き続けるという持続力には脱帽する。

それにしても、始めのうちは作家というのは発表する場があって、書き続けなければ、生活ができないというのも厳しい仕事だ。

最後に詳細な年譜と、奥さんの藤原ていの「わが夫 新田次郎」と次男の藤原正彦の「父 新田次郎と私」が収録されていて、こちらも別の角度から見た新田次郎の実像に迫ることができる。

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