似たようなことを考えている人は沢山いるのだろうなぁ
随分旧聞になるけれど、週刊文春 2012年11月8日号の阿川佐和子のこの人に会いたい第946回「映画監督三池崇史」で、三池監督の子供の頃の話を読んで、きたきつねも小中学校のころは同じことを考えていたなぁと思った。
未だに、そのような気分は残っていて、本当はあまり人付き合いが好きではないし、本質的には人嫌いかもしれない。でもこんな気分で過ごしている人はたくさんいるんだろうなと思う。
阿川 アハハハ。じゃ家の中で読書、というより、外で友達と遊びまわる子供だったんですか。
三池 まあそうですけ。でも、普通に学校でやっていくための友達めいたものはいましたが、本当の意味での友達は一人もいなかった。
阿川 そうなんですか?
三池 放課後、誰かの家に行って遊ぶとかはしますよ。やらないほうが大変だから、子供にとっては。
阿川 抵抗するほうが。
三池 うん。抵抗する意味もないのでダラっと従っている。虫ですよ、本当に。
阿川 人嫌い?
三池 というか、気になるんですよ。誘われて遊んでいるとして、こいつ、俺を誘ってよかったと思っているのかなあ、つまんないと思っていないかなあ、って。人気はなくはないんです。でも、それだけに、友達として楽しませられているか、っていうのが気になっちゃう。
阿川 自分のサービス精神に苦しめられるというか・・・・・・。
三池 それは今でもそうで、たとえば渋谷を歩いていて、向こうからスタッフがs類てくるのが見えると−−。
阿川 逃げる?
三池 逃げる。「あっ監督、なにしてるんですか」「いや別に」「時間があるんですか?飲みに行きましょう」ってなると非常に困る。相手が楽しんでいるかどうかすごく気になるから、飲みながら、こいつにとって楽しい話題ってなんだろう?って必死に考える。
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