橋本 治「九十八歳になった私」
1948年生まれの橋本治が想像する30年後の近未来のディストピア(絶望郷)小説だ。
首都直下型地震が起こる確率が30年以内に70%という予測とリンクして、完治の可能性のない難病で万全な健康状態にない98歳になる小説家橋本治の99歳までの日記というか日常雑記の形になっている。
震災で首都圏は壊滅的な状況で、都内で被災した橋本治は、福島の仮設住宅で独居老人として暮らすという設定で物語は進む。
年金と僅かな原稿料で暮らしているのだけれど、歩行が困難なので買い物に行くのにも苦労する姿が語られる。
同世代のきたきつねは98歳まで生きることは想像もできないけれど、今から30年の世界は、今予測されている明るい未来ではないことは想像できるから、この話は非常に共感できた。
最近、土木学会が南海トラフ巨大地震や首都直下地震が発生したあと、首都直下地震では20年間の被害が最悪の場合、778兆円になるという長期的な経済被害予測を発表していて、この小説の世界はこの予測とも整合している。
30年後なので、何が起きても有りだろうけれど、国民生活の水準が大幅に低迷する世界が独居老人の生活の中で語られるとジワジワと引き込まれた。
この小説のスタートは、文芸誌の企画の短編だったので、デストピアとして設定や背景の説明がちょっと足りないのが残念なところだ。
それよりディテールは関係なく、日々老いて、壊れていく自分を見つめながら、死ぬこともできず生き続けなければいけない日々を、小説家の性として書き続けなければいけないことがディストピアそのものだったということだ。
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