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2024/03/14

明日死んじゃうことだってあるかもしれない

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今日は「ホワイトデー」、「国際結婚の日」、「数学の日」。

昨日までの風は収まり南西向きの緩やかな風が吹いて気温が16℃近くまで上昇した。

ユキヤナギの白い花がポツリポツリと咲き始めた。

作家の北方謙三さんが月刊誌「青春と読書」の3月号で、長谷川博己さんとのとイークイベントの中で長谷川さんが「・・・ご自身がいろいろ死を身近に感じていると思ったのでっすが」という問いに「それは感じる。今、七十六歳だけど、五十歳のとき七十まで生きると思っていなかった。ところが、はっと気がついたら七十過ぎている。七十六になってしまったら、死は必然的に身近です。誰でもそうでしょう。それであと十年か、下手すると二十年生きて、早く死ねなんていわれる可能性だってあるし、明日死んじゃう可能性だってある。その確率がすごく高くなっているから、身近に感じざるを得ない」と答えている。

きたきつねもほぼ同じことを考えていて、昔から父親の死んだ60歳になったら死ぬと家族に話していて、その歳が過ぎると5歳刻みで死ぬ時期を想定していた。母親の亡くなった65歳、祖父の亡くなった69歳を過ぎて、今は75歳に設定している。

若い時代に感じることができなかったけれど、人によって程度の差はあるけれど、老化はその年齢になってはっきり自覚できるもので、本人が一番自覚できるものだ。

いまでもストレスの少ない暮らしをしているけれど、残りの時間義務的ではなく自分のしたいことだけをするために、数年前からボランティアのなかで責任があるものを辞めてきている。

耳がよく聞こえなくなって周波数の高い声のヤブサメのように個人的に絶滅した種が増えてきたこともって、20年以上続けてきた、探鳥会も4月から担当を外れることにした。

ボランティアだから辞めたってだれも困るわけでもなく、代わりのひとがいないということは必要なかったということでいいのだ。

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