自分の生きた痕跡を残す
今日は「駅弁記念日」、「籔入り」、「外国人力士の日」、「虹の日」。
畑に落花生の花が咲いていた。もう少しすると花の横から子房柄という柄がでてきて地面に突き刺さってその先に鞘ができて実がなる。その様子が花が落ちて実が生えるので落花生なのだ。
午前中、腰のリハビリに行って、帰る途中に空が暗くなってきたと思ったら、大粒の雨が激しく落ちてきた。一時、ワイパーを最速にしても前が見づらいほどだった。
終活を考えて色々と整理していて思うのだけれど、死ぬのは一人なのだが、死んだ後に自分の痕跡が全く残らないのはちょっと淋しいものだと思う。
いろいろな物を残しておいても、本人にとっても意味があるものでも、家族にとってもゴミでしかないので、結局無くなってしまうだろう。
インターネット空間ならば嵩張らずに自分の生きた痕跡が残っているのではないだろうか。
Googleで自分の氏名を検索すると関わったことのあるモノやコトが100件くらいは出てくるので少し安心したけれど、これもいつかは消えてしまうだろう。
それよりも永続的な情報が保存されているものはないかと思っていたが、そういえば国立国会図書館のデーターベースが良いような気がする。
国立国会図書館サーチと国立国会図書館デジタルコレクションの2つを時々使っているので、いづれも氏名で検索してみると少しだけれど出てくるし、内容も見ることができるから、これを自分の生きた痕跡の一つとして家族に分かるようにしておこうと思う。
国立国会図書館サーチは、書籍、雑誌、論文などを簡単に検索できる。さらに国立国会図書館デジタルコレクションは非常に広範囲なもので、古文書から浮世絵、論文、新聞など広範囲の資料がデジタル化されていて、全文検索をかけることもできるので、本文の中に該当する検索語があれば抽出できる優れモノだ。





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