言葉は変化していく
今日は七十二候の「蟄虫戸を閉ざす」、「プライバシーデー」、「パソコン記念日」。
大相撲千秋楽で大の里が決定戦に勝ち優勝した。
デジタル化しそこねた写真のネガフィルムがでてきたので、古いスキャナーを引っ張り出してきた。
20年以上前のスキャナーなので、MacOSに対応が無理ということでWindowsPCに繋いでみたところ使えたのでデジタル化を始めた。
効率が悪けれどゆっくりと続けていれば終わるだろう。
昨日の朝日新聞朝刊に「SNS『言葉に影響』9割」という記事が載っていたが、SNSの普及で短文でのやり取りが増え「短文化」で語句や言葉の使い方だけでなく意味の変化や世代間の言葉の使い方の違いがあるという内容だ。
言葉が社会の変化によって影響を受けるとは避けられないことなのかもしれない。
以前「情けは人の為ならず」などの語句の意味の変化が話題になったことがあるけれど、SNSだけでなく紙の本や辞書を読まない人が増えてきていることにも問題があるのではないだろうか。
きちんと文書を読まないので、正確な意味が取れずに誤読や早合点して「炎上」ということになることが多いようだ。
つい最近もSNSのthreadsで、「無言の帰宅」という語句が話題になっていて、「死んだ」という意味を表すことが理解できないひとが意外と多く、知らない人が変な言葉を使うなとその言葉を使った人攻撃する問題が起きていた。これも似たような現象かもしれない。
それ以外にも送別会で若手社員が「草葉の陰から応援しています」と送別の言葉として言ったということも話題になっていて、笑い話で済んでいるうちはいいけれど将来




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