柴刈りと芝刈り
今日は二十四節気の「冬至」、七十二候の「冬生じ夏枯る」、「改正民法公布記念日」、「労働組合法制定記念日」。
明日から、すこしづつ昼時間が長くなってくるのでうれしい。でも、気温は寒くなってくる。
冬至といえばカボチャと小豆ということで、カボチャのぜんざいを食べることにした。
最近、血糖値が気になっているので、糖分の摂取を控えているけれど、行事食はいいだろう。
新潮社の月刊誌「波」12月号に演芸評論家、小説家の吉川潮の追悼エッセイ「紙切り虫 林家正楽と二楽」が掲載されていて、なかなかいい話なのだけれどその中に「桃太郎ならお伽噺通り、おじいさんが芝刈りに、おばあさんが川へ洗濯に行く場面を切って見せ、 」という部分で引っかかってしまった。
「芝刈り」というのは芝をはった庭や公園が普及する比較的近年から使われるようになったことばで、桃太郎では「柴刈り」だろう。
吉川氏がこんなことも知らずに書いたとすればちょっと残念で、今はいない談志師匠が目にしたら「じいさん 山でゴルフかい 粋だね」といいそうだ。
さらに言えば、桃が川に流れてくる時期に刈ってくる柴というのは、葉の付いたままの枝を刈ってきて水田にいれ肥料にする「刈敷」に使われるもという話は20年ほど前に「桃太郎の世界」として書いたことがある。
桃太郎の時代の水田は泥田でその中に柴を投げ込んで置くと葉や樹皮は腐って肥料となり、残った枝は取り出し干して燃料に使うのが普通だったということになる。
新潮社という出版社には校閲部という専門部署があるくらいなので、こんな間違いがあるというのは非常に残念だ。ネットの時代になると、古い文化や言葉がわからなくなってくるのだろうか。












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